高橋名人もPCエンジンも!ハドソンの軌跡「バーイ ハドソン♪」
2018年1月7日 更新

高橋名人もPCエンジンも!ハドソンの軌跡「バーイ ハドソン♪」

ファミコン世代にとって忘れることのない会社といえばハドソン。ロードランナーやボンバーマン、スターフォースに桃鉄。高橋名人に全国キャラバン、更にはPCエンジンまで。今はコナミに吸収されたハドソンの軌跡についてまとめてみます。

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「ハドソン」と聞いて何を思い浮かべますか?

コナミに吸収された後、ブランドとしての「ハドソン」も2013年で終わりを迎えたファミコンゲームメーカーの雄、ハドソン。
私たちの世代にはあまりにも有名な同社ですが、ハドソンと聞いて皆さんが思い浮かべるのは何ですか?

個人的にはロードランナーですが、高橋名人にスターフォース。桃伝、桃鉄。ボンバーマンに全国キャラバン。さらにはPCエンジンと、イメージするのは人それぞれかもしれません。

ひとつ言えるのは、とくに1980~90年代に一世風靡したゲームメーカーであったということ。
この先、ハドソンの名を聞く機会は少なくなると思うと寂しくなり、ここにその軌跡をまとめたいと思います。

「バーイ ハドソン♪」のハチ助はハドソンの社章

初期CMに登場した「バーイ ハドソン♪」とハチ助

初期CMに登場した「バーイ ハドソン♪」とハチ助

初期CMのハドソンコールに登場したハチ助。途中からはボンバーマンに変わったと記憶していますが、初期のハチ助とゴング音を憶えている方は多いことでしょうね。
社章は蜂で、「ハチ助」とも呼ばれている。ハドソンのゲームソフトにボーナスキャラ・隠れキャラとして古くから数多く登場している。由来は、北海道のアマチュア無線のエリア番号が「8(はち)」であるため、同音である「蜂」を採用したと言われている。

1973年、アマチュア無線ショップとして創業

札幌市豊平区にアマチュア無線ショップとして創業(創業者は工藤裕司氏)。
1970年代後半にはパソコン向けのソフトウェア制作を手掛け始め、1980年代になると高い技術力でパソコンソフトメーカーの大手となりました。
1979年、ハドソンが扱っていたパソコンの販売元シャープの勧めで、「月刊マイコン」(電波新聞社)昭和54年7月号にオリジナルソフトウェアの通信販売広告を掲載すると一転、郵便局員が毎日のように現金書留の詰まった白い袋を担いで来る状況になり、莫大な利益を得ることになった。
1979年が業績好転の機となったようですね。
シャープのパソコン用のHu-BASICと呼ばれるBASICインタープリタや、あの至高のX68000搭載のOS「Human68k」などもハドソンによる開発でした。

しかし当時は主にシャープのMZシリーズ、X1シリーズ用のBASICを手掛ける一方「8it時代の圧倒的覇者」NEC向けのソフトを開発していなかったため、ハドソンの名前は当時のパソコンのライトユーザーには浸透しませんでした。

あのソフトバンク台頭のきっかけにも!

1981年には孫正義がパソコンソフトの流通会社として興した当時の日本ソフトバンク社と独占契約を結び、上新電機を始め全国のパソコン販売店の店頭でソフトウェアが販売される体制を確立しました。

これはソフトバンク社にとっても創業期の大きな出来事として認識されているそうです(ソフトバンク台頭にハドソンの存在は必要不可欠だった)。

1984年、ファミコン初のサードパーティーとして参入

パソコン向けソフトウェアで定評のあったハドソンは、任天堂がファミコンリリースの一年後に発表した「ファミリーベーシック」(1984年6月21日発売)の共同開発を機にファミコン向けゲームソフトの制作に舵を切りました。

ロードランナーCM 1984年

ハドソン一発目のCM。ハチ助はいますが「バ~イ ハドソン♪」はまだなく、ハチ助がウィンクしています。

ファミコン初期にヒット作を量産!

「ロードランナー」「ナッツ&ミルク」に始まり「バンゲリングベイ」「チャレンジャー」などの意欲作(一部ク〇ゲーとして愛され続けたものも)、シューティングの名作「スターフォース」「スターソルジャー」や「ボンバーマンシリーズ」「桃鉄シリーズ」など、枚挙に暇がないヒット作の数々でした。

また連射ブームを巻き起こし「シュウォッチ」を販売したりと、初期のファミコンゲーム界をリードする存在でした。
事実上、初のサードパーティーとなったことで、初期参入会社と同様に、任天堂からソフトの年間発売制限数の緩和やロイヤリティのなど優遇措置を受けることになり、ハドソンはファミコン黎明期にヒット作を連発しファミコンのソフトメーカーとして一躍名を馳せる。他会社と決定的に違ったのは、社内に自由な空気があり、積極的に独自の企画を生み出したことである。全国各地を巡業するゲーム大会「ハドソン全国キャラバン」や、16連打でスイカを割る「高橋名人」は小学館のコロコロコミックを筆頭に児童誌でも大々的に取り上げられ、高橋を題材にした『高橋名人の冒険島』の他にも『忍者ハットリくん』や『ドラえもん』『ロードランナー』『桃太郎伝説』などが100万本以上のミリオンセラーを記録するなど、ファミコン人気を決定的なものにした。
ファミコン全国キャラバンなど、ゲームメーカーの企画としては斬新そのものでしたね。

「ハドソン全国キャラバン」

ハドソンが1985年から行っていたゲーム大会がハドソン全国キャラバンでした。
筆者も1986年に「スターソルジャー」で挑戦しました(笑

このキャラバンでハドソンは北海道から沖縄まで全国各地を巡業、各都道府県の政令指定都市にとどまらず他の都市でも行われました。

毎年のキャラバン公式ソフトはコチラ

1985年:スターフォース
1986年:スターソルジャー
1987年:ヘクター'87
1988年:パワーリーグ
1989年:ガンヘッド
1990年:スーパースターソルジャー
1991年:ファイナルソルジャー
1992年:ソルジャーブレイド

sm481030 - 「ハドソンキャラバン10年史」| Hudson Caravan 10th Anniversary

32 件

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  • タクカラス 2018/1/7 21:21

    真実は不明ですが、ここには書かれていない任天堂のバーチャルボーイの開発にも深く関わっていたかと思います。

    うどん男@広島 2018/1/7 19:43

    家庭用ゲーム機のソフト会社のイメージより、PCソフト会社というイメージが強い。ハドソンのHu-BASICやHuman68kにはお世話になりました。MZ-2000のソフトが少なかったのでマリオブラザーズスペシャルというゲームが出た時にはうれしかった。最近では国本剛章氏の楽曲(ゲーム音楽)のCDを聴いたり実際に演奏会に出かけたりして楽しんでいます。「PC園児 DECODE」「20世紀ファミコン少年 DECODE」など

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