渋谷のシンボル「109」のロゴマークが40周年の節目に新しくなります!
株式会社SHIBUYA109エンタテイメントは、SHIBUYA109が2019年に40周年を迎えるにあたり、新しく全国のSHIBUYA109のシンボルとなる新ロゴマークを募集することを決定しました。
今回の募集では、今までのSHIBUYA109イメージに捉われないロゴマークとするため、一般公募の形式を採用します。また、誰でも気軽に応募できる“109ロゴメーカー”企画も予定。SHIBUYA109の新しいシンボルを多くの人々と一緒に作り上げていくことで、多くの人々に共感され愛される新しいSHIBUYA109のイメージを育てていくという狙いがあります。
なぜ今回ロゴを変更するのか?
SHIBUYA109は今から約40年前に誕生、ヤングファッションの聖地としてその地位を確立しました。しかし時代や環境の急激な変化により、今まで築いてきた地位やあり方を柔軟に変化させるべきタイミングがきています。
そのような背景から、SHIBUYA109エンタテイメントの設立(2017年)他様々な施策を行う中、2019年の40周年を契機としてSHIBUYA109を象徴する現ロゴの刷新を、施策の一つとして行うこととなりました。生まれ変わるSHIBUYA109のシンボルとして、そして渋谷の新しいランドマークとして、新しいロゴデザインをみなさんと共に作るためのロゴコンペティションを行います。
「SHIBUYA109 ロゴコンテスト」応募概要
<募集内容>
SHIBUYA109新ロゴマーク
<応募期間>
2018年4月18日(水)~2018年5月20日(日)
※郵送の場合は2018年5月20日(日)までの消印有効
※メールの場合は2018年5月20日(日)23:59までの応募受付となります。
<参加資格>
プロ・アマ、個人・グループを問わず応募可能です。
未成年者が応募する場合は、保護者の同意が必要となります。
1人何点でも応募可能です。ただし、1件の応募に1デザインとします。
<賞品>
最優秀賞:採用作品1名 賞金109万円
(一般応募、109ロゴメーカー応募全ての作品の中から1作品といたします)
優秀賞:3名 賞金10万9千円
(一般応募、109ロゴメーカー応募全ての作品の中から3作品といたします)
※上記以外の賞が追加となる場合があります。
<応募方法>
電子メールまたは郵送となります。
<109ロゴメーカー概要>
誰でも気軽に参加・応募できる“109ロゴメーカー”の公開を2018年4月20日(金)より予定しております。
<キャンペーンホームページ>
詳細は、下記キャンペーンホームページをご覧ください。
SHIBUYA109新ロゴマーク
<応募期間>
2018年4月18日(水)~2018年5月20日(日)
※郵送の場合は2018年5月20日(日)までの消印有効
※メールの場合は2018年5月20日(日)23:59までの応募受付となります。
<参加資格>
プロ・アマ、個人・グループを問わず応募可能です。
未成年者が応募する場合は、保護者の同意が必要となります。
1人何点でも応募可能です。ただし、1件の応募に1デザインとします。
<賞品>
最優秀賞:採用作品1名 賞金109万円
(一般応募、109ロゴメーカー応募全ての作品の中から1作品といたします)
優秀賞:3名 賞金10万9千円
(一般応募、109ロゴメーカー応募全ての作品の中から3作品といたします)
※上記以外の賞が追加となる場合があります。
<応募方法>
電子メールまたは郵送となります。
<109ロゴメーカー概要>
誰でも気軽に参加・応募できる“109ロゴメーカー”の公開を2018年4月20日(金)より予定しております。
<キャンペーンホームページ>
詳細は、下記キャンペーンホームページをご覧ください。
キャンペーンホームページ
SHIBUYA109 ロゴコンテスト | SHIBUYA109
SHIBUYA109 ロゴコンテストの公式サイト。SHIBUYA109の新しいロゴを募集!
70年代~90年代「渋谷」の変遷を振り返る。
70年代
戦前戦後から現在に至るまで、東京における文化の中心として発展してきた渋谷。70年代には渋谷PARCOがオープン。若者文化の中心として渋谷公園通りの象徴となり、「109」とともにその存在感を誇示してきました。なお渋谷PARCOは建物の老朽化のため、2016年8月7日21時をもって閉鎖。その後改築に入り、2019年秋にリニューアルオープンする予定となっています。
道玄坂を右に入る。百軒店です。この辺りは70年代ジャズ喫茶がひしめき合いました。
— 滝本淳助 (@takimotonosekai) October 30, 2016
スイング・ブラックホーク・音楽館・ありんこ 。僕はスイングに行きました。各店、アンプは?スピーカーは?競い合いました。面白かったです。勉強になりました。 pic.twitter.com/CdLJ9y6Wsg
一方、道玄坂方面ではジャズ喫茶などがひしめき合っていました。左は現在の写真で、右は当時の写真。
80年代
80年代に入ると、公園通りに関しては引き続き渋谷PARCOなどを運営するセゾングループが若者文化を牽引していきます。パルコ劇場では当時の流行が次々に発信され、“セゾンカルチャー”と呼ぶべき文化が存在していました。一方ディスコも隆盛を極め、クラブカルチャーの発信源として渋谷は活気に満ちていました。
via www.pinterest.jp
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