【太田裕美】木綿のハンカチーフなどの名曲が懐かしい!全盛時の活躍やセクシーショットをプレイバック!
2021年7月24日 更新

【太田裕美】木綿のハンカチーフなどの名曲が懐かしい!全盛時の活躍やセクシーショットをプレイバック!

アイドル的な人気を博しながら、あくまでもアーティストとして活躍された太田裕美さん。その美貌も去ることながら、木綿のハンカチーフなど数々の名曲を生み出しました。近年では乳がんを患い、闘病生活を過ごしていたことも公表されていましたね。そんな彼女の全盛期の活躍ぶりをセクシーショットと共に振り返っていきたいと思います。

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シンガーソングライターとして活躍した太田裕美さん

太田裕美さんのプロフィール

太田裕美さんのプロフィール

出生名 :太田弘美
生年月日:1955年1月20日
血液型 :A型
出生地 :東京都荒川区
職業  :歌手
活動期間:1973年~

太田裕美さんの経歴

1955年、東京都荒川区で生まれた太田裕美さん。3歳のときには埼玉県春日部市に転居されています。ご両親はプラスチック関係の部材を扱う工場と寿司屋を経営されていたのだそうです。
https://www.irasutoya.com/2016/08/blog-post_781.html (2292091)

太田裕美さんは幼いころから音楽が大好きだったようで、8歳からピアノを習い、作曲にも興味を持っていたといいます。小学生時代はコーラス部にも入っていたというので、こうした経験が歌手としての礎になったのだと推測されます。
1967年には中高一貫教育を行なう上野学園・声楽科に入学。当時、同級生からは声が変だと言われていたそうで、この頃から太田裕美さんは自分の声質を個性として認識するようになったようです。

1969年、渡辺プロが運営する東京音楽学院の選抜メンバーとして知られる芸能グループ・スクールメイツのオーデションに応募。すると合格を勝ち取り、太田裕美さんは東京音楽学院に入ることになります。
1972年にはNHK放送のテレビ番組『ステージ101』のレギュラーとして、ユニット・ヤング101のオーディションを受けて合格。翌年1973年からはヤング101の一員としてテレビ出演するようになり、太田裕美さんは本格的に芸能人としての道を歩みはじめます。

1974年、シングル曲『雨だれ』を発売して歌手デビュー。

1975年には三作目のアルバムとして発売された『心が風邪をひいた日』に収録されていた楽曲のひとつ、『木綿のハンカチーフ』がシングル曲としてリリースされるとヒットを記録し、翌年1976年のオリコンシングルチャートでは4位にランクインされました。
1976年から1980年に渡っては、5年連続でNHK紅白歌合戦にも出場。その当時はアイドル歌手のような扱いを受け、大学祭にも多く呼ばれたことで”学園祭の女王”との異名をとっています。
https://www.irasutoya.com/2015/04/blog-post_90.html (2292098)

1982年には音楽・芸能活動を一時的に休業し、アメリカ・ニューヨークに渡って約8カ月の留学生活を送っておられます。帰国後はリリースする曲風も変わり、テクノポップ調の新曲を発売されるようになりました。
1984年にはディレクター兼プロデューサーを務める福岡智彦さんとの交際を明らかにして、婚約を発表。翌年1985年には結婚され、それを機に音楽・芸能活動よりも家庭を優先するようになります。

1996年から芸能・音楽活動を再開。これ以降、親交のあるミュージシャンとのコラボなど、グループ活動にも積極的に。2016年には担当マネージャーが勇退したことにより、所属されていた芸能事務所ボイスアンドリズムを離脱されています。

太田裕美さんの魅力的すぎるセクシーショット

ミュージシャンとしての活躍ぶりも去ることながら、アイドル並みの可愛らしさで世間の男性を虜にした太田裕美さん。さすがにヌードは披露されていませんが、当時のメディアでは彼女の多くのセクシーショットが掲載されていて、いずれも健全な男性ならグッとくるものばかりです。
大人の事情で、直接、記事に画像は掲載できないので、彼女のセクシーショットをまとめたリンク先をご紹介したいと思います。
ぜひジャンプして、全盛時の彼女の輝きぶりをご覧になってみてください。現在のアイドルも顔負けの美しさで、太田裕美さんのもつスター性に驚かされるばかりです。

太田裕美さんの主な出演作品

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