90年代を疾走したロックバンド「LUNA SEA」!2000年終幕までを振り返る!!
2016年6月23日 更新

90年代を疾走したロックバンド「LUNA SEA」!2000年終幕までを振り返る!!

90年代を疾走した「LUNA SEA」。みなさんはLUNA SEAのどの曲が好きでしたか?「ROSIER」「END OF SORROW」など、数々の名曲が生まれた2000年までを振り返りたいと思います。

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LUNA SEA

LUNA SEA

LUNA SEA

LUNA SEAは、日本のヴィジュアル系ロックバンド。
1989年に現メンバーで結成し、1992年メジャーデビュー。
2000年に終幕を宣言し活動を休止したが、2010年に活動を再開。
LUNA SEAとは「月と海」と言う意味である(LUNAはラテン語 SEAは英語である)。インディーズ時代は、狂気という意味のLUNACYと言うバンド名であった。

メジャーでの活動を視野に入れた彼らは、一つの意味に縛られず、また、音楽的にも「深く」・「広く」という思いから、「〜CY」箇所を「〜SEA」にした「LUNA SEA」というバンド名に変更した。

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メンバー

メンバー

メンバー

RYUICHI(1970年5月20日 - ):ボーカル
SUGIZO(1969年7月8日 - ):ギター&バイオリン
INORAN(1970年9月29日 - ):ギター
J(1970年8月12日 - ):ベース
真矢(1970年1月13日 - ): ドラムス&パーカッション
作品については、メンバー全員が作詞・作曲に参加し作り上げる。まず、メンバーの1人が原曲となる曲を持ち込み、それを元にメンバー全員で作り込んでいくジャム・セッションという方法を取る。

作詞は主にRYUICHIが担当。作曲は、SUGIZO・J原曲のものがA面に採用されることが多く、カップリングにはINORANが原曲を担当したものが多く採用される。

初期の作品は、クレジットタイトルに作詞・作曲を担当したメンバーが表記されていたが、途中からは全て「作詞・作曲:LUNA SEA」としている。これは、著作権から発生する印税収入などの権利を公平にし、5人全員で作品を作っているという意味が込められている。
リーダーは不在

リーダーは不在

意思決定は、全会一致が原則。
LUNA SEAには、明確なリーダーが存在せず、また確立されていない。
これについてJはNHK総合のドキュメンタリーで「全員が局面局面でイニシアチブを取れるから、責任を押し付けるようなリーダーはいらない」と発言している。

意思決定は、全会一致が原則。提案に対し決は取るが1人が否定すれば、その案は棄却される。Jは「他のバンドさんの前に、5人がライバルだ」と語っている。

1992年

2ndアルバム『IMAGE』でメジャーデビュー

2ndアルバム『IMAGE』でメジャーデビュー

『IMAGE』はオリコン初登場9位。
5月より『LUNA SEA CONCERT TOUR 1992 IMAGE OR REAL』スタート。全国7公演。動員数7,000人。
7月に『LUNA SEA CONCERT TOUR 1992 IMAGE OR REAL アンコールツアー 東・名・阪スペシャル』3公演。総動員数5,500人。
7月、1stビデオ『IMAGE OR REAL』リリース。オリコン初登場1位。
9月、『LUNA SEA CONCERT TOUR 1992 AFTER the IMAGE』スタート。全国13か所公演。総動員数約16,000人。
10月、日本武道館『EXTAST SUMMIT 1992』に参加。

1993年

Believe - Luna Sea - YouTube

2月、バンド結成以来初のシングル「BELIEVE」リリース。オリコン初登場11位。
4月、『LUNA SEA CONCERT TOUR 1993 SEARCH FOR MY EDEN』スタート。全国14か所14公演。総動員数約26,000人。
3rdアルバム『EDEN』リリース。オリコン初登場5位。
7月、2ndシングル「IN MY DREAM (WITH SHIVER)」リリース。オリコン初登場9位。
8月、『LUNA SEA CONCERT TOUR 1993 SEARCH FOR MY EDEN ENCOREツアー』スタート。東・名・阪3ヶ所4公演。総動員数約24,000人。
12月、2ndビデオ『SIN AFTER SIN』リリース。オリコン初登場2位。
『LUNA SEA CONCERT TOUR'93〜94 THE GARDEN OF SINNERS』スタート全国19か所20公演。総動員数約4万人。

LUNA SEA - In my Dream (with Shiver) [PV] - YouTube

1994年

Luna Sea - ROSIER PV - YouTube

2月、『LUNA SEA CONCERT TOUR'93〜94 THE GARDEN OF SINNERS』ツアー追加公演 横浜アリーナ。動員数約12,000人。
7月、3rdシングル「ROSIER」リリース。オリコン初登場3位。ロングヒットを記録し、一躍シーンのトップに躍り出る。
9月、4thシングル「TRUE BLUE」リリース。オリコン初登場1位。
10月、4thアルバム『MOTHER』リリース。オリコン初登場2位。
ロングセールスとなり、約70万枚の売り上げを記録した。
12月、日本武道館 2Daysライブ。大阪城ホールライブ。
日本武道館 追加公演12月16日 - 27日、2か所4公演。総動員数4万人。

Luna Sea - True Blue [PV] - YouTube

1995年

Luna Sea - Mother - YouTube

2月、5thシングル「MOTHER (Single Version)」リリース。オリコン初登場5位。
3月、『LUNA SEA CONCERT TOUR 1995 MOTHER OF LOVE, MOTHER OF HATE』スタート。全国27か所31公演。総動員数約63,000人。
5月、ビデオクリップ集『ECLIPSE』リリース。オリコン初登場1位。
11月、6thシングル「DESIRE」リリース。オリコン初登場1位。
12月、初の東京ドームライブ『LUNATIC TOKYO』を行う。チケットは即日SOLD OUT。総動員数56,000人を記録。

Luna Sea -- Desire - YouTube

1996年

LUNA - END OF SORROW [PV] - YouTube

3月、7thシングル「END OF SORROW」リリース。オリコン初登場第1位。
4月、5thアルバム『STYLE』リリース。オリコン初登場第1位。
7月、ライブビデオ・LD『LUNATIC TOKYO〜1995・12・23 TOKYO DOME〜』リリース。オリコン初登場第1位。さらに、8thシングル「IN SILENCE」リリース。オリコン初登場第2位を記録。
横浜アリーナ2DAYSを皮切りに全国ツアー『LUNA SEA CONCERT TOUR 1996 UN ENDING STYLE』スタート。全国9か所16公演 総動員数 12万人。
10月、『UN ENDING STYLE ENCORE TOUR 1996 〜TO RISE』スタート。
普段はあまり行かない地区を中心にライブを行う。全国28か所28公演 総動員数58,000人。
12月、『UN ENDING STYLE TOUR FINAL Christmas STADIUM〜真冬の野外〜 in 横浜スタジアム』動員数4万人。

本編終了後、アンコールを待つ観客による「きよしこの夜」の大合唱が起こる。この日より、1年間の充電期間に入る。Jによれば、7月からの全国ツアーが始まる頃に、メンバーでの話し合いが持たれ、「次のビジョンへ行くためには、一人ひとりのメンバーが力を付けて、新しいルナシーを作らなければダメ」であり、1997年を「みんなの自主トレーニングの期間にあてよう」という結論に至ったという。活動休止に関して提案したのはSUGIZO、賛成したのがRYUICHI、中立だったのがINORAN、反対したのがJ、真矢。

1997年

河村隆一 Glass - YouTube

メンバーの5人はソロ活動をしていった。

まずRYUICHIは、本名の河村隆一でソロ活動を開始。アルバム『Love』は約300万枚という男性ソロシンガーとしては歴代最高の売り上げを記録し、年末にはNHK紅白歌合戦にも出場するなど、わずか1年の間にソロシンガーとしての地位を不動のものにした。また、俳優・タレントとしてもテレビやドラマなどにも出演し、お茶の間にも進出。

SUGIZOとINORAN・J・真矢も、それぞれに精力的な音源製作・ライブ活動で5人が5人独特の活動を展開して見せた。個々にシンガーデビューを果たし、ランクインさせた。

河村隆一 「Love is...」 - YouTube

1998年

Luna Sea - Storm [PV] - YouTube

4月、9thシングル「STORM」リリース。オリコン初登場第1位。
6月、10thシングル「SHINE」リリース。オリコン初登場第1位。
7月、11thシングル「I for You」リリース。オリコン初登場第2位。
復帰第1弾6thアルバム『SHINE』リリース 。オリコン初登場第1位。ミリオンヒットを記録。
9月、『WALT DISNEY PICTURES PRESENTS MULAN MEETS LUNA SEA CONCERT TOUR 1998 SHINING BRIGHTLY』スタート。全国26か所33公演 総動員数 15万人。
12月23日,24日、東京ドームにて『IDO PRESENTS LUNA SEA CONCERT TOUR 1998 SHINING BRIGHTLY FINAL END OF PERIOD in TOKYO DOME』を敢行。総動員数 10万人。
12月31日:バンド初となる『NHK紅白歌合戦』に出場。演奏曲は「I for You」。

Luna Sea - I For You - YouTube

1999年

1月、初のアジア・ツアー『LUNA SEA FIRST ASIAN TOUR 1999』スタート。
台湾動員数3,000人、香港動員数3,800人、上海動員数2,500人。
5月、ライブ・アルバム『NEVER SOLD OUT』をリリース。オリコン初登場第5位。
『LUNA SEA 10TH ANNIVERSARY GIG [NEVER SOLD OUT] CAPACITY ∞』を東京ビッグサイトスペシャルオープンステージで行う。
9月、ライブ・ビデオ2本同時リリース(各10万本限定生産)『10TH ANNIVERSARY GIG [NEVER SOLD OUT] CAPACITY∞LIVE!!』オリコン初登場第1位。『10TH ANNIVERSARY GIG [NEVER SOLD OUT] CAPACITY ∞ DOCUMENT!』 オリコン初登場第2位。
12月、後輩のGLAYとの対バン『the Millennium Eve A Christmas present for the people who love live a lot』を東京ドームで行う。総動員数 56,000人。

2000年

LUNA SEA - gravity - YouTube

1月、Zepp Tokyoにて『START UP GIG2000』敢行。動員数3,000人。カウント・アップ・ライブとして、午前0時0分より行われる。
3月、12thシングル「gravity」リリース。オリコン初登場第1位。
5月、13thシングル「TONIGHT」リリース。オリコン初登場第4位。
『PREMIERE OF LUNACY 2000』を日本武道館で敢行。
7月、7枚目のオリジナルアルバム『LUNACY』リリース。
11月、14thシングル「LOVE SONG」をリリース。オリコン初登場第4位。

この日、LUNA SEA終幕発表が公表される。
RYUICHIは「終幕」の理由について、「このメンバーでバンドをやっていたいちばんの理由は、5人でいれば誰よりも輝けると思ったからです。でも、同じ光を見てると目も慣れて、より強い光を求められなくなった」と語った。

12月、ベスト・アルバム『PERIOD 〜THE BEST SELECTION〜』リリース。20世紀最後のオリコンチャート1位を獲得。
東京ドームにて『LUNA SEA THE FINAL ACT TOKYO DOME』を敢行。
このライブのセットリストは、終幕発表以前に公式WEBサイト上で行われた曲投票が反映されている。最後の曲はラストナンバーの定番「WISH」であった。このライブを最後に終幕。
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