音楽祭にかかわる4つの家族の50年を描いた映画「愛と哀しみのボレロ」。モデルとなった4家族の50年をもう1度振り返ってみました。
2017年1月30日 更新

音楽祭にかかわる4つの家族の50年を描いた映画「愛と哀しみのボレロ」。モデルとなった4家族の50年をもう1度振り返ってみました。

1981年公開の映画「愛と哀しみのボレロ」は、クロード・ルルーシュ監督によるフランス映画ですが、バレエダンサーであるジョルジュ・ドンのダンスが圧倒的な存在感を示しています。音楽祭に参加している、各国の音楽家やダンサーのモデルになった4家族の、第2次世界大戦前から戦後までの50年を振り返ってみました。

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シモンとアンヌ、息子のロベールと孫のパトリック

シモンとアンヌの夫婦は、一見チャリティー音楽会とは無縁のように思えます。アンヌは収容所で衰弱しながらも生き残りましたが、シモンはガス室に送られ亡くなってしまいます。解放されたアンヌは、置き去りにした息子を探しますが、なかなか見つからず、精神を病んでいきます。
アンヌが列車から線路に置き去りにした息子は、駅の近くの教会で育ち、愛情ある里親の元でロベール・ブラとして成長し弁護士になります。ロベールの息子パトリックは、自分自身の人生を見つけようと模索を続け、詩や歌を書いては自分で歌うようになります。そしてチャリティー音楽会のシンガーの一人に選ばれます。
収容所でバイオリンを演奏するアンヌ

収容所でバイオリンを演奏するアンヌ

夫の死を知ったアンヌは、バイオリンを弾くことをやめ、解放後に仲間と結成したバンドでもアコーディオンを弾くようになります。

ボリスとタチアナ、息子のセルゲイと孫のタニア

ボリスを失ったタチアナは、息子を育てるためにバレエ団の教師として働き、息子のセルゲイもバレエダンサーとして認められていきます。ソ連国内でも国を代表するダンサーとして勲章も与えられ、海外公演も許されるようになります。パリのオペラ座での公演の成功を、電話で母のタチアナに知らせた直後、モスクワに戻る途中の駅でフランスに亡命してしまいます。
フランス公演のセルゲイ

フランス公演のセルゲイ

セルゲイは自由な表現を求めて、フランスに亡命してしまいます。結婚して生まれた娘もバレエを始め、母がセルゲイに教えてくれたように、セルゲイが娘にバレエを教えていきます。

カールとマグダ

捕虜収容所から解放されたカールは、ドイツに戻り、生き残っていた婚約者と結婚します。指揮者として成功し、アメリカでの公演もチケット完売の知らせを受けて喜びますが、客席には評論家2人しかいませんでした。ヒトラーの前で演奏したことでユダヤ人などの反感をかい、チケットを買い占められていました。チケットが売れているのなら、演奏をするべきという信念のもとに、2人の観客に向けて演奏するカールでした。
たった2人の観客の前で演奏を指揮するカール

たった2人の観客の前で演奏を指揮するカール

市民への迫害や戦闘行為は一切行っていないことなどを説明したカールでしたが、受け入れてもらうことはできませんでした。

エブリーヌと娘のエディット

ドイツ軍人との子供をもうけたことで糾弾されたエブリーヌは、故郷に戻りますが、そこにも居場所はなく、娘を残して自殺してしまいます。エブリーヌにはつらくあたった父母も、孫のエディットはかわいがり、愛情を持って育てます。成長したエディットは、パリに出て、様々な仕事を経てテレビのキャスターになります。
祖父母に見送られパリに旅立つエディット

祖父母に見送られパリに旅立つエディット

エディットは婚約者のいるパリに行くのですが、結局婚約者には会えず、掃除婦などの仕事をしながら、ダンスや歌手の勉強をし、最後にはテレビのキャスターになります。

ジャックとスーザン、息子のジェイソンと娘のサラ

ジャックはアメリカ軍の軍楽隊の指揮官として、妻と幼い子供たちを残してヨーロッパに派遣されます。前線での慰問、戦後の戦勝パレードや行事などで音楽を担当して雰囲気を盛り上げます。
家に戻り、子供たちも成長し、長男のジェイソンはテレビや映画のプロデューサーに、長女のサラは才能ある声楽家になり、サラはチャリティー音楽会で歌うことになります。ボーカル部分を2つのパートに分けることにしたサラは、オーディションでパトリックをパートナーとして選びます。
慰問団の指揮をするジャック

慰問団の指揮をするジャック

帰国後のジャックは、世界的にも成功し、豊かな暮らしを手に入れますが、子供たちはそれぞれに苦悩を抱えていました。

50年の時を超えてめぐり合う4つの家族たち

そして舞台はまた1981年のパリ、トロカデロ広場でのチャリティー音楽会の場面に戻ります。進行を務めるエディット、エディットが自分の娘とは知らずにオーケストラの指揮をするカール、亡命して祖国には戻れないセルゲイ、声楽家となったジャックの娘サラと、アンヌの孫パトリックが、一つの舞台を一緒に作り上げていきます。

Last scene of Les uns et les autres (1980) - le boléro de Ravel (aka Bolero) - YouTube

ラヴェルのボレロの、単調なようでいて、いろいろな仕掛けがが隠されている曲にのせて、ジョルジュ・ドンが踊るラストは、これだけでも見る価値があります。
『愛と哀しみのボレロ』さすがフランスの巨匠ルルーシュだ。「白い恋人たち」は北海道の土産物だけじゃありません。ダンスが見たくて久しぶりにみたが、セリフは最小限なのに非常に多くを語る群像劇。もちろんベジャール振り付けのボレロは圧巻。
「愛と哀しみの・・」という日本題は、何となく面はゆい題名だな、と当時から思っていたのですが、今日、34年ぶりに観てみると、ある意味、なかなか当たっているかな、とも思いました。
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