イタリアの至宝 「ロベルト・バッジョ」
比類なき創造力から“モーツァルト”と称されることもある。
1990年FIFAワールドカップでは“イタリアの新星”と呼ばれその後“イタリアの至宝”と呼ばれる。
“ファンタジスタ”という言葉が最も似合うプレーヤーとしても有名。
~経歴~
’85年フィオレンティーナに移籍後に頭角を現し、地元の英雄となる。
’90年5月強豪ユベントスに20億円で移籍。’95年7月ACミラン、’97年7月ボローニャ、’98年9月インテルを経て、2000年9月セリエAに昇格したブレシアに移籍。
以後、チームの快進撃の原動力として活躍。
イタリア代表としては、1988年にデビュー。
’90年地元開催のW杯では中盤の要として大活躍し、一躍世界のスター選手の仲間入りを果たした。
’94年W杯米国大会、’98年W杯フランス大会にも出場、2002年W杯日韓共催大会は代表入りを逃した。
2004年シーズン終了後、現役を引退。
ロベルト・バッジョが最も輝いたユベントス時代
1992-93シーズンに21得点を挙げ、チームをUEFAカップ優勝に導いた。これはユヴェントスにとっては久々のヨーロッパタイトルだった。
via k-bass.com
プラティニ以降のユベントスでエースの座に君臨していたバッジョは、UEFA杯を制す過程で6ゴールを記録するなど、華麗なプレーの連続で主役を演じ、12月にバロンドールを手にしていた。
90年代では、イタリア人で唯一バロンドールを獲得した選手でした。
ゴール前で変幻自在にボールを扱う様は、彼が世界屈指のファンタジスタであると誰もが納得するものでした。
ゴール前で変幻自在にボールを扱う様は、彼が世界屈指のファンタジスタであると誰もが納得するものでした。
ユベントス時代の華麗なプレー動画
Roberto Baggio - Juventus - Super Skills , Super Goals HD ~ ロベルト・バッジョ スーパープレイ集 - YouTube
via www.youtube.com
1994年 灼熱のピッチに散ったロベルト・バッジョ
W杯・決勝トーナメントでの大活躍
準々決勝のスペイン戦でも再び終了直前にカウンターから角度のない所から決勝点をあげて、2-1で勝利。準決勝のブルガリア戦でも続けざまに2得点を挙げて2-1と勝利した。
決勝トーナメントの準決勝までの3試合でチーム6得点中5得点、どのゴールも試合を逆転・決定するもので、酷評から一転して救世主扱いとなった。
しかし、準決勝で右足のふくらはぎを痛め、決勝への出場が危ぶまれた。
世界一を決めるPKを失敗
決勝のブラジル戦は灼熱のようなむせ返るほど高い気温の中、バッジョは強行出場したものの精彩を欠き、試合はワールドカップ決勝史上初のPK戦となった。
当時のイタリアの絶対的エース、ロベルト・バッジョがPKを外し、ブラジルが優勝しました。
バッジョがPKを外しうなだれるこのシーンは「世界で最も美しく、最も儚い写真」として今でもサッカー史に刻まれています。
via pbs.twimg.com