イタリアを代表する点取り屋
パオロ・ロッシ(1956年9月23日 - )はイタリア出身の元サッカーイタリア代表選手。
選手時代のポジションはフォワード 。
華奢な体形ながら相手のマークを巧妙に外し抜け目なく得点をあげるタイプの選手であり、1982 FIFAワールドカップでは6得点をあげて得点王となると共にイタリアを優勝に導いた。
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クラブ
1973年にユヴェントスとプロ契約を結び選手キャリアをスタートさせた。
1976年にセリエBのヴィチェンツァへ移籍した。
1977-78シーズンのセリエAでは24得点を上げ得点王となり、チームもユヴェントスに次いで2位でシーズンを終えた。
イタリア代表にも選出されるなどロッシの評価は急騰。
一方で1980年3月、前年末に行われたASアヴェッリーノ1912戦において八百長に関与したとの容疑が掛けられた。
ロッシは容疑を否認したが、3年間の出場停止処分を受け、後に2年間の出場停止処分に軽減された。
出場停止期間中に古巣のユヴェントスと契約を結び、1982-83シーズン以降にレギュラーに定着すると1983-84シーズンのセリエA優勝、1984-85UEFAチャンピオンズカップ優勝などに貢献した。
一方、膝の怪我の影響もあって精彩を欠くようになり、1985年にユヴェントスを退団するとACミランやエラス・ヴェローナへ移籍をしたが、1987年に31歳で引退した。
代表
1978年にアルゼンチンで開催された1978 FIFAワールドカップの代表メンバーに選出された。
ロベルト・ベッテガと2トップを組み3得点を上げる活躍をみせベスト4進出に貢献した。
2年間のブランクを経て出場停止処分明け、スペインで開催された1982 FIFAワールドカップの代表メンバーに選出された。
ロッシは1次リーグから出場機会を得たものの長いブランクの影響から精彩を欠いていたが、2次リーグのブラジル戦においてハットトリックを決めるなど復活を果たした。
続く準決勝のポーランド戦でも2得点、決勝の西ドイツ戦でも先制点を挙げ1938年大会以来44年振りとなるワールドカップ優勝に貢献した。
自身も6得点を挙げ得点王となり、さらにこの年のバロンドールも受賞した。
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'82W杯 イタリアvsブラジル
1982 World Cup Group C BRAZIL v ITALY www keepvid com - YouTube
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ブラジルDFのパスミスをカットして、ゴールしたり、ゴール前ワンタッチで正確なシュートでゴール等、テクニックと判断に優れた選手でした。
省エネで動き、しかもそれがゴールに結びつく。「居場所」が良いです。
その後のアズーリで言えば、インザーギがその系譜を受け継いでいるのではないでしょうか。
省エネで動き、しかもそれがゴールに結びつく。「居場所」が良いです。
その後のアズーリで言えば、インザーギがその系譜を受け継いでいるのではないでしょうか。
パオロ・ロッシの評価
1956年9月23日生まれの彼は、クリスチャン・ビエリのようなタイプでなくスリムで華奢(きゃしゃ)な体つき。
相手のマークから消えるうまさと、リバウンドに対する驚くべき感覚と、ドリブルで一気に攻撃の方向を変える能力を桧舞台で発揮して、サポーターのシンパティコ(同情心)に応えた。
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特に華麗なプレースタイルというわけでもないのですが、とにかくゴール前での得点に絡む嗅覚がズバ抜けていて、まさに天性の点取り屋という感じの選手でした。
パオロ・ロッシの動画集
Paolo Rossi - Eroi Azzurri - YouTube
アズーリのロッシ
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