”描いて行動すれば叶う”いくつもの人生を経験したかった少女が歩み続ける道は。【桜香純子さん】
2017年8月7日 更新

”描いて行動すれば叶う”いくつもの人生を経験したかった少女が歩み続ける道は。【桜香純子さん】

13歳という早さで”平成のキャンディーズを作る”オーディションに合格し芸能界デビューした「河田純子」。1988年、中学2年で単身上京した彼女は芸能界で10代を過ごした後、会社勤めの傍ら勉強に勤しむ20代を。30代からは美容、健康と心理の世界へ転身して実業家へ。およそ非連続に映るチャレンジ人生、けれどその裏には一貫した想いがある。そんな想いを”描いて行動して叶えてきた”桜香純子さんにお話を伺った。

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主人との出会いは2007年の3月、美輪明宏さんの舞台に主人が出ていたんです。共通の知り合いがいて「美輪さんの舞台行きたい?」って聞かれて、行ってみたらそこに主人がいた。リングの上ではなく舞台で出会ったんですよね。

美輪明宏さんの家来の役で、6人しか出ない舞台だったのですごく重要な役柄だったんです。しゃべれない役だったので、台詞がなくて主人も演じることが出来たんですけど。美輪さんはそのつもりは全くないと思いますが、美輪さんがキューピッドです(笑)
リングで死闘を繰り広げる格闘家との出会い、そして結婚。
格闘技とは全く無縁だった桜香さんですが、なんと大山選手が引退するまでの間、毎試合でセコンドについていたんです!
おそらく日本人で唯一セコンドについている妻でした

おそらく日本人で唯一セコンドについている妻でした

結婚前にシンガポールの試合でタイトルマッチが決まって。一人分の渡航代しか出ないから後輩の格闘家ともう一人「純子セコンドついて」って、それがきっかけでセコンドになったんです。その試合で勝利をしてリングの中でプロポーズをしてくれたのですが、それから主人の試合は引退試合まで、もう側で控室からずっとリングの側で見守る形に。
本当は苦しくてしょうがないんですけど。毎回寿命が5歳ぐらい縮まる思いでした。最後の数年は怪我で体がボロボロの状態で闘っていましたので、だから私は引退したのが誰より嬉しかったです。これ以上闘ったら本当に体を壊してしまうというぐらいの状態でしたので。
格闘技が好きな訳ではないですが、主人が求めてくれて一心同体で戦っていたので、やっぱり頑張ってる姿を側でずっと見ていたので、私にできることはできる限りサポートできたらと思っていました。お水が欲しい時に差し出せたりとか、それが一番できる雑用係だったんですよね。そういうのもあって、主人の格闘技人生の後半は一緒に戦っていました。

セコンドから見えたリングの風景はいかがでしたか?

主人の思いと共にいましたので、正直とてもつらかったです。直前は「神様、私死んでもいいので主人を勝たせてあげて下さい」ってその時だけは本当に神様にお願いするくらいの心境になっちゃうんです。
頑張って勝ちたい想いで日々一生懸命練習していたので、勝たせてあげたい気持ちでした。でも本当の直前、リングで戦いが始まる前には「楽しんでおいで」ってそれだけでした。最終的には「これまでやってきたことを全部出し切って楽しんでおいで」って。

負けた時には私が全部面倒見るからじゃないんですけど、勝ったら皆近寄ってくれて「おめでとう」って言ってくれるんですけど、負けた格闘家ほど声かけづらいんです。皆さん一緒になって応援してくれてるからこそ、なんて声を掛けていいかわからないでしょうから。ボロボロになって負けてくるのでその時に羽を広げて待っているのが私の役目かな、と。

それで主人が格闘家を辞めるってなった頃、私はケニアに行きだしたんです。それまではやっぱり離れられなかったので。
妻・桜香さんのセコンドは、死闘を繰り広げた格闘家・大山選手にとって何よりの大きな支えとなったでしょう。

そして、そんな大山選手の現役引退と時を同じくして、桜香さんはアフリカ・ケニアに足を運ぶようになります。

幼き日の想いを形に

今アフリカのケニアで仕事をしているのですが、実は子供の頃に描いていたんです。それが3年ほど前から現実になってきたというか。当時ユニセフで難民の子供が写っているテレビを見ることが何度もあって、あれを見て私は幼心にいたたまれない気持ちになっていました。「同じ地球なのに、どうしてこんなに苦しんでいる人たちがいるのだろう・・・みんなで分かち合えばいいのに、どうしてこんなにかわいそうな思いをしている人がいるのだろう」って純粋に子供の気持ちで思っていて、いつか何かしたいと思っていたんです。

でも、それにはやっぱり自分の土台を作らないとけない。そう思い、まずは自分の仕事をしっかりとがんばろうと思い、実際にケニアでの行動を始めたのが3年前です。ケニアに行き出して、今向こうでスクールを立ち上げるための計画を立てています。スクールといっても子供向けではなく女性向け。日本人だったら当たり前に知っているような健康の知識を知ってもらい、本人や家族、まわりの人たちの健康と幸せを実現してもらえたらと思っています。そしてケニアの女性は美容にも関心があるので人生の土台をちょっと上げるような、そういった知識を得られる所を作って、まず家庭が平和であったり、コミュニティが広がったり、そういったモデルケースを作りたいと。そういった環境を、まずはケニアで作りたいと思っているんです。

お金を贈るボランティアでサポートできることもたくさんありますが、継続して現地の方にとって幸せになるサポートができたらいいなと思いました。ならば私が自分で出来ることは何だろうとずっと考えていて、今はその準備をしているところです。これも元は小さな頃に思っていたことを行動として始めているもので、そういうのも含めて私は人生で描いていることは行動することで進んでいくんだなと実感しているところです。
カウンセラーとして自身のサロン経営を手掛けながら、格闘家の夫をセコンドで支えた桜香さん。
そんな桜香さんのケニアへの想いを、現役引退後に「ファイトネス」事業の立ち上げに邁進する大山選手も応援されているようです。

一方で10代、20代、30代、40代と、立ち止まることなく想いを形にしようと行動を続ける桜香さん。
私はあまり欲が無いんです、本当に野心とか欲がなくて困るくらい(笑)でも小欲(我欲)ではなくいわゆる大欲は忘れてはいけないと思っています。大欲を持ち続けていないと思い描いた人生の目的が果たせないかもしれないと思っています。ケニア行くのにもそうしたエネルギーが必要ですし、行って満足、ではなく”世界がこうなったら”という想いがあるので、ここでのんびりしてちゃいけないなって。頼もしい仲間もどんどん増えてきて、今の現状が夢のようで本当に有り難いです。一見、英語もできない私がケニアに行くなんて、突拍子がないことを言っているという人もいるでしょうけど、それも揺るぎないんですよね。大ゲサじゃないですけど、自分で命の使い方を決めているんだなと。

そして人を幸せにするにはまず自分自身が幸せでなければならないと思っているので、まず自分・家族・友達・お客様だったり、まずそういった環境を整えることは大事なことだと思っています。ケニアはまずはライフワークとしてやらせていただいてるという感じですね。それがビジネスとなって、多くの人が雇用や様々な形で絡んでいったら継続につながると思いますので、そんな理想的なことはありません。

カウンセラーという「天職」

カウンセラーの仕事は相手の人生に寄り添うことなので、専門知識はもちろんのこと、弱さに共感したり受け入れたり、そういった理解力が大事だといいます。

一方で共感はしても一緒になって落ち込んだり悩んだりと同調をしないためには自分の芯、主体性はあった方がプラスになると語る桜香さん。

相手の気持ちをしっかりと受け止める懐の深さ、時には受け流す術。
そんなことを心得るのに、10代の頃の経験は生かされていると語って下さいました。
「売れないんだから辞めちゃえば」とか言われたこともあり...

「売れないんだから辞めちゃえば」とか言われたこともありますけど、それで傷つかないんです

売れてないんだから傷つかないです、本当のこと言われても。で、プッシュしてくれたことを有難いと思うし、だけど努力がそこに伴っていないし、色んな運と努力が伴っていないから期待に応えられないわけで。
14歳か15歳の時にスタッフの方から頂いた手紙で「あなたが思っているあなたが本当のあなたじゃないんだよ」と言われたことがあって、というのは「周りが見ているあなたが本当のあなたなんだよ」と。結局、どう見られたいかとしっかりと意識して自分を出しなさいってことなんです。本当のあなたはこう思っていて、だったらそう思われるような人間になりなさいって言われたのは、未だに教訓にしています。
お話を伺えばうかがうほど、現在のカウンセラーの仕事が天職のようにみえてきます。
この仕事が好きっていう他ないです。クライアント様に接してる時とかマッサージしてる時は本当に幸せですし、お客様がキレイになっていったり、エネルギーがきれいになっていくのが幸せですし、カウンセリングが終わって晴れ晴れとした顔で「じゃぁこの行動を取ってみます」って帰っていかれる姿も心から嬉しいです。

私は基本的に「次来てくださいね」とは言わないカウンセラーなんですね。自立を目指していて、クライアント様にとって悩みを解決する力がついてカウンセリングを受ける必要がなくなればベストだと思っていて。商売としてはダメなんですけど。でも『依存』から『自立する人』を目指しているんです。そういう人が増えたら絶対に世の中良くなると思っているので。

課題の解決と日常生活でこれをしましょうっていう宿題(=行動)を必ず促すんですよね。そうすると、悩みの相談だけで終わるよりも自己実現だったりより良い人生へ向けてのスピードがはやいんです。
恵まれたことに日本はそれが出来る国だと思っています。それこそケニアだとお金がなかったりで出来なくても、日本は何かやろうと思えば出来ることも多い国なのだと思います。
一方で10代で芸能界、20代で学びながら力を蓄え、30代でカウンセラーの道を進み、40代にしてケニアに尽くす取組を開始。

40代という年齢は、それまでの道を振り返って懐かしむのにちょうどよい年代と思う反面、桜香さんの歩む道では、40代も一つの通過点に過ぎないという感覚を抱きます。

”描いて行動すれば叶う”

いくつもの人生を経験したかった少女が歩み続ける道は、かつて「いくつもの人生を演じる」道を志し、やがては「いくつもの人生に寄り添う」道を志して歩んでいくこととなったのです。
最後に桜香純子さんの近年の活動についてその一端をご紹介し、本取材記事を終わりにしたいと思います。

【オリジナル商品開発】

◆2012年『桜香流・セルスルーエステインナー』発売 ロングセラー商品として発売中  
累計販売数44万枚以上

【書籍(商品本)】

◆2016年9月24日「二の腕シェイプダイエットBOOK)」 宝島社 発売
◆2016年11月22日「ウエストシェイパー 美腹巻」本  講談社 発売

【ラジオパーソナリティ】

◆2015年8月~2016年3月 FMラジオ『NOBIと桜香純子のターニングカフェ』ラジオパーソナリティ
◆2016年4月~ FMラジオ『和田貴充と桜香純子のターニングカフェ』ラジオパーソナリティ
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