1975年のオリコンから選出
邦楽も含めたオリコン総合シングルチャートを対象に、1975年の年間トップ100にランクインした洋楽の中から5曲を選出します。トップ100内で5曲に満たない場合は、全米ヒットチャートの中から、日本で人気になったと思われる曲を別途選出し、ちょうど洋楽5選としています。
全盛期のカーペンターズや、ドゥーザハッスル!でおなじみのあの曲が登場します。
全盛期のカーペンターズや、ドゥーザハッスル!でおなじみのあの曲が登場します。
プリーズ・ミスター・ポストマン / カーペンターズ
1970年代前半は、世界中がカーペンターズ・ブームで、日本でも、1972年に『スーパースター』、1973〜1974年に『イエスタデイ・ワンス・モア』などが大ヒットしました。
『プリーズ・ミスター・ポストマン』もまた、1974年12月10日にリリースされたカーペンターズの大ヒット曲で、オリコンシングルチャートでは年間33位(この年の洋楽の最高位)、全米シングルチャートではナンバーワン(年間32位)を獲得しています。原曲は、女性R&Bグループ・マーヴェレッツの1961年のヒット曲で、1963年にはビートルズも歌うなど、カバーの多い人気曲の一つです。
本曲を収録したアルバム『緑の地平線〜ホライゾン』は、洋楽では異例のオリコンアルバムチャートでナンバーワンを獲得し、年間8位を記録しています。
『プリーズ・ミスター・ポストマン』もまた、1974年12月10日にリリースされたカーペンターズの大ヒット曲で、オリコンシングルチャートでは年間33位(この年の洋楽の最高位)、全米シングルチャートではナンバーワン(年間32位)を獲得しています。原曲は、女性R&Bグループ・マーヴェレッツの1961年のヒット曲で、1963年にはビートルズも歌うなど、カバーの多い人気曲の一つです。
本曲を収録したアルバム『緑の地平線〜ホライゾン』は、洋楽では異例のオリコンアルバムチャートでナンバーワンを獲得し、年間8位を記録しています。
Please Mr Postman [HD-Music Video] - Carpenters
via www.youtube.com
オンリー・イエスタデイ / カーペンターズ
『オンリー・イエスタデイ』は、前作『プリーズ・ミスター・ポストマン』に続くカーペンターズのシングル曲で、1975年4月25日にリリースされ、オリコンシングルチャートでは年間50位、全米シングルチャートでは最高位4位を記録しました。
カーペンターズにとって、アメリカでは本曲が最後のトップ10ヒットで、日本でも実質最後のヒット曲です。その後は、収録アルバム『緑の地平線〜ホライゾン』から、ニール・セダカのカバー『ソリテアー』がシングルカットされ、収録曲ではイーグルスのカバー『愛は虹の色(デスペラード)』も人気になりました。
この年以降、全米、オリコン両シングルチャートの上位から名前が消えていきますが、カーペンターズの人気が廃れることはありませんでした。
カーペンターズにとって、アメリカでは本曲が最後のトップ10ヒットで、日本でも実質最後のヒット曲です。その後は、収録アルバム『緑の地平線〜ホライゾン』から、ニール・セダカのカバー『ソリテアー』がシングルカットされ、収録曲ではイーグルスのカバー『愛は虹の色(デスペラード)』も人気になりました。
この年以降、全米、オリコン両シングルチャートの上位から名前が消えていきますが、カーペンターズの人気が廃れることはありませんでした。
Carpenters - Only Yesterday
via www.youtube.com
ハッスル / ヴァン・マッコイ&スタイリスティックス・オーケストラ
「ドゥー・ザ・ハッスル!」の掛け声と軽快なメロディーでおなじみの『ハッスル』。近年も、CMソングやテレビ番組のBGMなどでよく流れており、50年近く前の曲ながら、今も知る人の多い稀有な曲の一つでしょう。
本曲は、ヴァン・マッコイと彼が率いる自前のオーケストラ、ソウル・シティ・シンフォニーの楽曲ですが、日本でのアーティスト名はなぜか "ヴァン・マッコイ&スタイリスティックス・オーケストラ" となっています。理由は、ヴァン・マッコイが単にスタイリスティックスの楽曲を手がけていたから、という説が有力です。
本曲は、1975年7月5日にリリースされ、オリコンシングルチャートでは年間73位、全米シングルチャートではナンバーワン(年間21位)を記録しました。
ヴァン・マッコイは、1979年に39歳の若さで急逝しています。
本曲は、ヴァン・マッコイと彼が率いる自前のオーケストラ、ソウル・シティ・シンフォニーの楽曲ですが、日本でのアーティスト名はなぜか "ヴァン・マッコイ&スタイリスティックス・オーケストラ" となっています。理由は、ヴァン・マッコイが単にスタイリスティックスの楽曲を手がけていたから、という説が有力です。
本曲は、1975年7月5日にリリースされ、オリコンシングルチャートでは年間73位、全米シングルチャートではナンバーワン(年間21位)を記録しました。
ヴァン・マッコイは、1979年に39歳の若さで急逝しています。
VAN McCOY - the hustle (1975) (HQ)
via www.youtube.com
にがい涙 / スリー・ディグリーズ
スリー・ディグリーズは、1974年に『ソウル・トレインのテーマ』、『荒野のならず者』、『天使のささやき』が立て続けにヒットし、世界的大ブレイクを果たした女性ソウル・グループです。中でも日本での人気は他国以上のもので、『天使のささやき』に至っては、来日時に日本語詞でレコーディングしたほどです。そして、日本限定の曲として、作詞・松本隆、作曲・細野晴臣で作られた曲が『ミッドナイト・トレイン』、作詞・安井かずみ、作曲・筒美京平で作られた曲が『にがい涙』です。後者は、オリコンシングルチャートで年間86位を記録しています。
1976年に、オリジナル・メンバーのフェイエット・ピンクニーが解雇され、その年リリースした日本限定版『ドゥ・イット』が最後のヒット曲となりました。
1976年に、オリジナル・メンバーのフェイエット・ピンクニーが解雇され、その年リリースした日本限定版『ドゥ・イット』が最後のヒット曲となりました。
The Three Degrees - Nigai Namida
via www.youtube.com
そよ風の誘惑 / オリビア・ニュートン=ジョン
『そよ風の誘惑』は、日本では、オリビア・ニュートン=ジョンの最初のヒットとも言える曲で、年間チャートにはランクインしていませんが、オリコンシングルチャートでは最高位26位を記録しました。一方、全米シングルチャートでは2週連続ナンバーワン(年間36位)を記録しています。
原題 "Have You Never Been Mellow" の "Mellow" には、"リラックスした" という意味があり、ストレスで疲れ切っている彼に対し、自分もかつてそうだったと共感しながら、肩の力を抜いてリラックスしてほしい、という思いを表現しています。
今回ご紹介した5曲の中では、後年最も影響のあった曲で、1986年には椎名恵が『愛は眠らない』というタイトルでカバーして大ヒット。また、ロッテやJR西日本などのCMソングとしてもたびたび使用されています。
原題 "Have You Never Been Mellow" の "Mellow" には、"リラックスした" という意味があり、ストレスで疲れ切っている彼に対し、自分もかつてそうだったと共感しながら、肩の力を抜いてリラックスしてほしい、という思いを表現しています。
今回ご紹介した5曲の中では、後年最も影響のあった曲で、1986年には椎名恵が『愛は眠らない』というタイトルでカバーして大ヒット。また、ロッテやJR西日本などのCMソングとしてもたびたび使用されています。
Olivia Newton-John Have You Never Been Mellow (Live 1975)
via www.youtube.com
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