アンジー
1980年に山口県長門市で結成されたバンドで、福岡を拠点に活動して人気があったバンドです。
バンド・ブームの終焉と、ビーイング系の産業ロックの台頭に押し出される形で消えた文学的な叙情を詩だけでなく楽曲にもしたためていたビート/パンク・バンド
インディーズ時代
1980年に山口県長門市で結成。
1982年メンバーは、第一経済大学に入学、福岡県福岡市に活動拠点を移し、本格的に活動開始
ホールでのソロコンサートの開催や自主制作レコードなどの発売と、アマチュアとしては異例の人気を誇った。
1983年に植中が脱退。長門時代に同級生だった嶋尾が加入する。この頃、福岡市内にある焼肉屋のCMに出演し、一部のファンに強烈な印象を残した。
1984年~1985年にかけて、ホールでのソロコンサートの開催や自主制作レコードの発売などアマチュアとしては異例の人気を誇り、当時の博多アマチュアミュージックシーンをリードしていたモダンドールズ、キッズ、アクシデンツ、ゴジラらと並び称されるトップバンドの一つであった。
ホールでのソロコンサートの開催や自主制作レコードなどの発売と、アマチュアとしては異例の人気を誇った。
1983年に植中が脱退。長門時代に同級生だった嶋尾が加入する。この頃、福岡市内にある焼肉屋のCMに出演し、一部のファンに強烈な印象を残した。
1984年~1985年にかけて、ホールでのソロコンサートの開催や自主制作レコードの発売などアマチュアとしては異例の人気を誇り、当時の博多アマチュアミュージックシーンをリードしていたモダンドールズ、キッズ、アクシデンツ、ゴジラらと並び称されるトップバンドの一つであった。
via www.beatmaks.com
via cdn.discogs.com
≪視聴コメント≫
本作は、「ロック」というジャンルを意識しないで、とにかくシニカルで温かいアンジーらしさに満ちている気がします。現在実写版公開中の「るろうに剣心」の作者、和月伸宏氏がお気に入りと公言していた「銀の腕時計」は誰もが納得の名曲ですが、「でくのぼう」「パンを一切れ」「バンビの死」「ラッキー」・・・どれも、水戸さんらしい素敵な詩が堪能できます。
1980年代中盤、博多の重要バンドだったアンジ-の博多時代のアルバム。プロデューサーはこれも博多ロック界のゴッドファーザーとも言うべき松本康氏。当時UKビートの影響が強かった博多のロックシーンにおいて、アンジ-は特異な存在でした。しかし結果として今聞くとビート色が強いサウンドになっているのは興味深いです
アンジー パンを一切れ - YouTube
アルバム『嘆きのばんび』の1曲『パンを一切れ』
via www.youtube.com
1984年4月12日に『木偶の坊』、1985年3月に『罪と罰』、1985年8月に『ガセネタ』のカセットマガジンを発売しました。また1987年7月7日にバンビ・レーベル(自主制作)からベイシティローラーズのカバーのカバー曲『ロックンローラー』を発売します。
1985年5月5日、「天神解放地帯」と称し、天神ビブレ屋上で行われたライブが行われました。
そして1985年10月25日「都久志会館」でライブを行いました。
1986年3月に嶋尾が病気(若年性糖尿病)を理由に脱退。
上京目前の1986年10月25日、地元福岡のビブレホールで「博多さよならライブ」を敢行。観客が盛り上がりすぎて、ホール下のコンクリート天井に亀裂が入り今も痕が残っています。
1986年3月に嶋尾が病気(若年性糖尿病)を理由に脱退。
上京目前の1986年10月25日、地元福岡のビブレホールで「博多さよならライブ」を敢行。観客が盛り上がりすぎて、ホール下のコンクリート天井に亀裂が入り今も痕が残っています。
via ameblo.jp
福岡でのインディーズ時代は長く、そこで数々の伝説を築きあげて行きました。
インディーズのウラギリモノとは
80年代後半のシーンの悪い風潮というかどうなのか?インディーズからメジャーへと活動の場所を移したバンドを「インディーズのウラギリモノ」と称して攻撃する風潮がありました
ラフィン・ノーズしかりウィラードしかり有頂天のインディーズ三羽烏でさえ裏切り者と称されていました
「インディーズのウラギリモノ」にバンド『アンジー』も加わり、インディーズ時代身近にいたバンドが遠い存在になっていくのが堪えられないファンが多かったようです。
デビュー作、シングル『天井裏から愛を込めて』とアルバム『溢れる人々』
1987年キャプテンレコードから「砂漠のマドンナ」「トモダチ」「髑髏の丘」をリリース
1988年5月シングル「天井裏から愛を込めて」とアルバム「溢れる人々」の同時リリースでメジャーデビュー
(メンバー)
第一期(結成~1983年)、水戸華之介(Vo. / 1962年6月7日 - )、中谷のブースカ(B. / 1963年4月20日 - )、植中ぼんじ (G. / 1963年 - ) - 1983年に脱退、藤井がちゃ彦(Dr. / 1963年10月11日 - )
第二期(1983年~1986年)、三戸(水戸改め)華之介 (Vo.)、中谷のブースカ (B.)、嶋尾ジョージ(G. / 1963年 - 2000年6月9日) - 1986年3月に脱退、藤井がちゃ彦 (Dr.)
第三期(1986年~解散)、三戸華之介 (Vo.)、中谷ブースカ (G.)、岡本様ひこ(B. / 1963年9月9日 - ) - 後に「岡本有史」と改名、藤井がちゃ彦 (Dr.)