日本音楽シーンの生けるレジェンド。その名は沢田研二。
2016年10月11日 更新

日本音楽シーンの生けるレジェンド。その名は沢田研二。

沢田研二ことジュリーは、1960年代、70年、80年代をトップアイドル、トップスターとして駆け抜けた稀代のアーティストです。日本の音楽シーンを牽引しながら多大なる影響を及ぼした彼の活躍を振り返ります!

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【沢田研二】危険なふたり

1975年1月発売「愛の逃亡者 THE FUGITIVE」

1975年1月発売「愛の逃亡者 THE FUGITIVE」

この曲で初のイギリス進出。この曲に続く「巴里にひとり」は「MON AMOUR JE VIENS DU BOUT DU MONDE」というタイトルで、フランス語版がフランスでリリースされ、フランスでも20万枚を売り上げるヒットとなりました。

最大のヒット曲「時の過ぎゆくままに」

ザ・ピーナッツの伊藤エミと結婚した1975年8月に発売された「時の過ぎゆくままに」は、5週連続オリコン1位、累計売上92万枚を記録し、沢田にとって最大のヒット曲となりました。この曲は、沢田本人が主演を演じたTBSドラマ「悪魔のようなあいつ」の劇中歌としても使用されました。
 (1761693)

沢田研二 時の過ぎ行くままに

1977年5月21日発売「勝手にしやがれ」

1977年5月21日発売「勝手にしやがれ」

第19回日本レコード大賞、第8回日本歌謡大賞、第10回日本有線大賞では大賞を受賞。年末の賞レースを独占し、沢田研二の代表曲のひとつとなりました。

沢田研二 勝手にしやがれ (1977)

サザンオールスターズのデビュー曲「勝手にシンドバッド」は、『8時だョ!全員集合』で志村けんがこの曲の「勝手に」と、ピンク・レディーの「渚のシンドバッド」から半分ずつ拝借しタイトルにした「勝手にシンドバッド」というコメディーが元になっているというエピソードも。

ヴィジュアル路線へ

1970年代後半から、沢田はヴィジュアル重視の傾向を強めていきます。
1978年1月21日発売「サムライ」

1978年1月21日発売「サムライ」

ハーケンクロイツの腕章を付けたナチス親衛隊風の衣装が当時問題に。腕章は×印に変更され、最終的に衣装を丸ごと替えることとなりました。
1978年9月10日発売「LOVE (抱きしめたい)」

1978年9月10日発売「LOVE (抱きしめたい)」

出演したテレビのスタジオに雨を降らせ、血で染まった包帯を手に巻くなど、ヴィジュアル志向は奇抜さを増していきます。この年のNHK紅白歌合戦ではトリをつとめるなどまさに人気の絶頂を極めました。
パルコポスター「時代の心臓を鳴らすのは誰だ」

パルコポスター「時代の心臓を鳴らすのは誰だ」

PARCOの上半身裸ポスターは大きな反響を呼びました。同年には、男性歌手として初めてのオールヌード写真集も発売しています。

沢田研二 TOKIO (1980)

ジュリーの電飾の施されたスーツを纏い、赤と白の縞模様のパラシュートを背負って歌う姿が注目を集めましたが、デビュー以来約10年連れ添ったバックバンドのリーダー井上堯之は、ジュリーのいき過ぎたヴィジュアル路線についていけず、この曲を最後に井上堯之バンドは解散することとなってしまいました。

俳優・タレント方面にも進出

歌手としての圧倒的な人気を武器に、映画やバラエティにも出演を増やしていきます。

太陽を盗んだ男 (1979 )

第4回報知映画賞でグランプリにあたる作品賞と主演男優賞を受賞、キネマ旬報読者選定邦画ベストテンでは第1位に選ばれました。日本アカデミー賞では主演男優賞にノミネートされています。

魔界転生(1981年)(予告編)

1981年の映画『魔界転生』では天草四郎役で出演。これまでのジュリーのイメージを払拭するような迫真の演技を披露しました。映画も、観客動員数200万人、配給収入10億5千万円と大ヒットしました。

沢田研二・志村けん 「8時だよ 全員集合」歌とコント集

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