レクサスES300の日本名、覚えていますか?「レクサスES300=日本名ウィンダム」
2018年5月22日 更新

レクサスES300の日本名、覚えていますか?「レクサスES300=日本名ウィンダム」

2018年4月に開催された北京モーターショーで注目を集めた車種のひとつに、レクサスESという高級セダンがあります。日本には未導入の車種ですが、実はその名は四半世紀前に知られていました。「レクサスES300=日本名ウィンダム」というCM、覚えていますか?

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レクサスに最初からラインナップされた車種のひとつ

2005年に日本でも展開されたレクサス。その始まりは北米市場で、1989年にブランドが立ち上げられました。このブランドのために長い年月をかけて開発された高級車、レクサスLS400(日本ではセルシオの名で発売)が基幹車種なのですが、これだけでは販売台数に限りがあるため、下のクラスのセダンとしてレクサスES250が用意されました。

この車種は、1986年に発売された3代目カムリをベースとしたもの。カムリは、日本では4ドアセダンと4ドアハードトップ(V型6気筒エンジンのプロミネントのみ)で、北米市場ではセダンとステーションワゴンが発売されていました。

レクサスESは、北米未発売の4ドアハードトップとしてカムリと差別化。日本ではラインナップしていないV型6気筒2500ccエンジンを搭載し、変速機は4速ATと5速MTが選択できました。内装には本革張りシートなどを採用して、レクサスに恥じない内容に仕立てられました。
1989年に発売された初代レクサスES250

1989年に発売された初代レクサスES250

Lをモチーフにしたレクサスのマークは付くが、日本人の目にはカムリ・プロミネントそのもの。

カムリをベースに内外装を専用に仕立てた2代目


初代レクサスESは、モデル途中のカムリを流用したものだったため、1990年にカムリがモデルチェンジしたのに伴い、レクサスESも短期間で次世代型になりました。こうして1991年9月に2代目がデビュー。エンジンは3000ccが採用されたため、名称がレクサスES300に変更されました。

エンジンをカムリ・プロミネントの2000ccと2500ccに対して3000cc一本とし、ボディを3ナンバーサイズに拡大。内装には専用のダッシュボードを用意したほか、セルシオと同様の自発光式オプティロンメーターを装備するなど別物に仕立てられました。

この2代目レクサスES300は日本でも「ウィンダム」の名で発売されました。初代と同じく、カムリのV型6気筒エンジン搭載車、カムリ・プロミネントがプラットホームのベースで、クルマ好きであれば同系統であることが外観を一目見れば分かるほどでした。日本での販売店は、カムリと同じカローラ店になりました。
2代目レクサスES300を日本向けにした初代ウィンダム

2代目レクサスES300を日本向けにした初代ウィンダム

初代ウィンダムのリアスタイル

初代ウィンダムのリアスタイル

ツートンカラーも相まって、レクサスらしい上品なたたずまいだ。
ベースとなったカムリ・プロミネント

ベースとなったカムリ・プロミネント

全体のフォルムもさることながら、サイドウィンドウのラインを見ると兄弟車なのがよく分かる。
北米向けのレクサスES300

北米向けのレクサスES300

日本でも、エンブレムをレクサスマークに変えたウィンダムを見かけた。

一般人が登場するCMで若い高収入者にアピール

ウィンダムのテレビCMでは、アメリカの医師、実業家、大学教授、国際線の機長などを起用し、かの国の若い成功者がレクサスES300を選んでいることアピール。「レクサスES300=日本名ウィンダム」とナレーションし、最後にネイティブな発音で「Are You WINDOM?」と締めるCMを流していました。インパクトのあるCMだったので、記憶に残っている人も多いでしょう。

日本でも300万円台で乗れる“レクサス”は、「クラウンを買える年収だけど、オヤジくさいセダンやRVは嫌だなぁ」という30代後半~50代の高収入者を中心に売れました。

カムリと同じハードトップボディは、全長・全幅ともに3ナンバーサイズに拡大することでスタイリッシュになりましたが、キャビンのベースは5ナンバーサイズのカムリなので、室内の狭さは否めませんでした。

1993年8月のマイナーチェンジでV型6気筒2500cc車が追加されました。これに伴い、翌年にフルモデルチェンジしたカムリでは、V6エンジン搭載車が廃止されています。
カムリとは違う素材で仕立てられたウィンダムの内装

カムリとは違う素材で仕立てられたウィンダムの内装

当時のクラウンやマーク2の上級グレードはデジタルメーターを採用していたが、セルシオと共通のオプティロンメーターを採用した。
落ち着きと上質感があるウィンダムの内装

落ち着きと上質感があるウィンダムの内装

写真はファブリックシートのタイプ。過剰な演出がないのがレクサスの特徴。

TOYOTA LEXUS ES300 WINDOM Ad

劇的なBGMと「レクサスES300=日本名ウィンダム」、「Are You WINDOM?」が印象的な初代ウィンダムのCM。これは国際線機長バージョン。

キープコンセプトで 2代目ウィンダムに進化

ウィンダムは1996年8月に2代目にフルモデルチェンジします。レクサスES300も同年9月にフルモデルチェンジし、3代目となりました。当時のトヨタとしてはやや長めの、5年のモデルサイクルでした。

デザイン的にはキープコンセプトで、先述の通り、カムリからV6エンジン搭載車が廃止されたことでクルマの位置付けもはっきりとしました。北米向けは3000ccのみでしたが、日本向けは引き続き3000ccと2500ccの2本立てで、引き続きカローラ店の最高級車としてラインナップされました。

1999年にはマイナーチェンジを実施。また、1999年(前期型)、2000年、2001年には、高級バッグなどで日本でも人気のコーチの皮革を使用した特別限定車コーチエディションを設定しました。

ウィンダムの人気は、この2代目のマイナーチェンジ頃まででしょう。この頃になると不況が著しくなり高級車市場が縮小。ウィンダムの人気にも陰りが見えてきました。
デザイン的にはキープコンセプトとなった2代目ウィンダム

デザイン的にはキープコンセプトとなった2代目ウィンダム

直線的なデザインになり、初代よりも“和風”な印象になっ...

直線的なデザインになり、初代よりも“和風”な印象になった2代目ウィンダム

トランクがバンパー上から開くようになり、使い勝手が向上した。

TOYOTA WINDOM (MCV20/21)⑥

2代目ウィンダムのCM。第一線で活躍する人がレクサスES300を選んでいる、というアピールは先代と同じ。
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