2021年8月16日 更新
【訃報】歌手・俳優のジェリー藤尾さん死去。「夢であいましょう」「遠くへ行きたい」「用心棒」など
60年代から70年代を中心に、歌手・俳優として活躍したジェリー藤尾さんが14日、COPD(慢性閉塞性肺疾患)を起因とする急性肺炎のため亡くなっていたことが明らかとなりました。81歳でした。
【訃報】歌手・俳優のジェリー藤尾さん死去。
60年代から70年代を中心に、歌手・俳優として活躍したジェリー藤尾さんが14日、COPD(慢性閉塞性肺疾患)を起因とする急性肺炎のため亡くなっていたことが明らかとなりました。81歳でした。
第一報はこちらです!
藤尾さんは1940年、中華民国・上海市生まれ。1958年から本格的な芸能活動を開始し、1961年に「悲しきインディアン」でレコードデビュー。翌1962年には、NHKのバラエティ番組「夢であいましょう」に出演し、同番組の“今月のうた”に採用された「遠くへ行きたい」が大ヒット、一躍人気歌手の仲間入りを果たしました。また俳優としても積極的に活動を展開し、1961年公開の黒澤明監督映画「用心棒」など、多数の映画やテレビドラマに出演を重ねていました。また私生活では、1964年に歌手・渡辺友子と結婚し二女を設けたものの、1986年に離婚しています。時代が平成へと移り変わってからも、芸能界の重鎮としてその名を轟かせた藤尾さんですが、晩年は千葉市内の有料老人ホームに入所。その後次女夫妻宅で療養していたのですが、このたびの訃報となりました。
歌手仲間の田辺靖雄が追悼コメントを発表。
このたびの藤尾さんの訃報に関し、歌手・田辺靖雄がコメントを発表。「『夢であいましょう』の時代からご一緒してきました」「喧嘩が強くって武勇伝はたくさんあります」「ほんとに心根が優しくて、曲がったことが嫌いな涙もろい面倒見のいい方でした」と、生前の藤尾さんを偲んでいました。また、9月29日から30日にかけて中野サンプラザホールで開催予定の「夢スター歌謡祭」にて、追悼歌唱を行うとのことです。
また、元妻の渡辺友子もこのたびの訃報に関して「今年の3月に仲直りしていた」「『友子、愛してるよ』って言ってくれた言葉が忘れられない」と、涙ながらに生前の藤尾さんを偲んでいました。
「夢であいましょう」の司会・中嶋弘子さんも7月18日に死去。
藤尾さんが出演した「夢であいましょう」で司会を務めた中嶋弘子さんが、7月18日に老衰のため東京都内の病院で亡くなっていたことが明らかとなりました。95歳でした。このたびの「夢であいましょう」関係者の相次ぐ訃報には、当時番組を楽しんだ人々からの悲しみの声が続々と寄せられています。
歌手・俳優として昭和を駆け抜けたジェリー藤尾の活動を振り返る!
歌手・俳優として昭和を駆け抜けたジェリー藤尾さん。ここでは、そんな彼の当時の活躍について、主だったものをおさらいしておきましょう。
バラエティ番組「夢であいましょう」で人気者に!
藤尾さんを語る上で外せないバラエティ番組である、NHK「夢であいましょう」。1961年から1966年にかけて放送され、藤尾さんをはじめ黒柳徹子、坂本九、渥美清、梓みちよといった錚々たる面々が出演していました。同番組内では、毎月一曲“今月のうた”が発表されており、1962年5月には永六輔作詞、中村八大作曲で「遠くへ行きたい」が制作され、藤尾さんの歌唱で大ヒットを記録しました。また同曲は、1970年に日本テレビ系列で放送がスタートした旅番組「遠くへ行きたい」のテーマ曲にもなっています。
俳優として様々なドラマに出演!
俳優としては、1959年に映画「檻の中の野郎たち」でデビューを飾った後、「用心棒(1961年)」「銀座の恋の物語(1962年)」「エレキの若大将(1965年)」といった映画作品や、テレビドラマ「キイハンター(1968年~1973年)」へのゲスト出演など、非常に多岐に渡る映画・ドラマに出演しています。
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