【1960年代後半】かつてエレキサウンドが私を虜にした時代があった!!①
2017年10月31日 更新

【1960年代後半】かつてエレキサウンドが私を虜にした時代があった!!①

1960年代後半、当時は若い女性たちを中心に私達を心から熱狂させたグループ・バンドが乱立していた時代だった。これらのグループ・バンドはエレキ・ギターを中心に編成されており、彼らの音楽はグループ・サウンドと呼ばれていて、「G・S」と略したりもしていた。あの時代も音楽は若者を熱くしていたのだ!!。

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GSとは何ぞや??

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当時のヒット曲が殆ど入ってる!!

 GSとは”ガソリン・スタンド”の略じゃなぇぞ~!!

グループ・サウンズ(またはグループ・サウンド、和製英語: group sounds)とは、ギターなどの電気楽器を中心に数人で編成される、演奏及び歌唱を行うグループ。欧米における「ヴォーカル・アンド・インストゥルメンタル・グループ」の影響を受けたとされ、1967年(昭和42年)初夏より1969年(昭和44年)春にかけて日本で大流行した。略称GS。

 GSの一般的な形式

一般的に「グループ・サウンズ」といえば1960年代後半、ジャズ喫茶を中心に活動したポップスグループやロックグループを指している。グループ・サウンズに共通することは、ほとんどのグループがリード・ヴォーカル+エレクトリック・ギター+エレクトリックベース+ドラムスといった編成(スリーピース+ワン)をとっていることである。例外としては、ギターがないギターレスGSやプロのエレキ・バンドを従えたコーラスGSも存在していた。

 GSが産声を上げるまでの背景

1965年1月、アメリカからベンチャーズやアストロノウツが来日してコンサートを催し、日本でも爆発的なエレキブームが起こった。テレビでも「勝ち抜きエレキ合戦」という番組が放送され始めると、全国にアマチュアのエレキ・バンドが数多く誕生し社会現象にもなった。当時、エレキバンドとして、「寺内タケシとブルージンズ」や「シャープファイブ」等が活躍し、数多くのレコードが発売されている。

ベンチャーズ ダイヤモンド・ヘッド~パイプライン

当時は大人も子供も”エアーギター”で「テケテケテケテケテケテケ~」やってました!!。

太陽の彼方に ~アストロノウツ~

「乗ってけ、乗ってけ、乗ってけサーフィン、
 波に、波に、波に乗れ乗れ~」
これはこの音楽の歌詞です!!(今でも覚えていますね!!)

「勝ち抜きエレキ合戦」の巻

『勝ち抜きエレキ合戦』は、1965年6月23日から1966年9月28日までフジテレビ系列局の一部で放送されていた音楽番組であった。上手い人がいっぱいいた記憶があるんですがね。

 GSが流行る決定的要因はビートルズの来日公演だった!!

The Beatles - Live in Japan

The Beatles - Live in Japan

そうそう、私の父も苦虫を噛み潰したような顔でテレビを見ていたね!!
海外で活躍するビートルズやイギリスのロックバンドが活躍していることは当時の音楽関係者や愛好家の間では知られていて、田辺昭知とザ・スパイダースが『フリフリ』を発売している。この曲は最初のグループ・サウンズのレコードとされているものである。
しかし1966年6月のビートルズ来日により、歌いながら演奏するバンドのカッコ良さに見せられ、当時の若者全体に染み渡るようになると、従来のエレキバンドにヴォーカルをプラスした「歌うバンド」の形態が急速に増えていった。1960年代には、100をこえるバンドが生まれたと言われている(正確には分かりません!!)。代表的なバンドには、『ヴィレッジ・シンガーズ(ヴィレッジシンガーズ)』、『オックス』、『ザ・カーナビーツ』、『ザ・ゴールデン・カップス』、『ザ・スパイダース(田辺昭知とザ・スパイダース)』、『ザ・ジャガーズ』、『ブルー・コメッツ(ジャッキー吉川とブルー・コメッツ)』、『ザ・タイガース』、『ザ・テンプターズ』、『ザ・ワイルドワンズ』などがある。エレキギターを持って「歌うバンド」を日本のマスコミが「グループ・サウンズ(GS)」と命名したのだ。

GSの草分け的存在は、『ザ・スパイダース(田辺昭知とザ・スパイダース)』と『ブルー・コメッツ(ジャッキー吉川とブルー・コメッツ)』だろう!!

『ザ・スパイダース(田辺昭知とザ・スパイダース)』

『ザ・スパイダース(田辺昭知とザ・スパイダース)』

1960年代前半、グループサウンズの礎を築いたグループ。1967年、「夕陽が泣いている」で大ブレイクすると、一躍スターダムに駆け上り、その後も、「なんとなくなんとなく」「あの時君は若かった」などヒットを連発した。
ザ・スパイダース(The Spiders)は、日本のグループ・サウンズのバンド。
1961年に現在は田辺エージェンシーで社長を務める田辺昭知が結成し、ジャッキー吉川とブルーコメッツとともにGSの礎を築いたグループ。ヒット曲に『夕陽が泣いている』、『なんとなくなんとなく』、『あの時君は若かった』などがあり、1970年に解散。当時の音楽の先端であったブリティッシュ・ビートに強く影響を受ける一方、堺正章、井上順、かまやつひろしの3人を主体に繰り広げられる軽妙なやりとりで、コミカルな要素が強い人気グループであった。「70年代のSMAP」と言われている。

「バンバンバン」

製薬会社の宣伝曲にもなってましたね!!
かまやつひろしは、今年(2017年)の3月1日に永眠したが、堺正章、井上順などは、まだまだ芸能界で活躍していて、”大御所”扱いされることもある。
『ジャッキー吉川とブルーコメッツ』

『ジャッキー吉川とブルーコメッツ』

『ジャッキー吉川とブルーコメッツ』の大ヒット曲である「ブルー・シャトウ」がヒットした直後から、歌詞の各単語の語尾のところに「トンカツ」「ニンニク」「コンニャク」「テンプラ(テンドン)」などといった(主として)食べ物の名前を付けた替え歌が当時の子供たちの間で大流行し、一種の社会現象となったんだよね。今でも歌えるよ!!
「森(トンカツ)、泉(ニンニク)、か(コンニャク)、まれ(テンドン)、静か(ニンニク)、まれ(テンドン)~~」ってね
ジャッキー吉川とブルー・コメッツ(ジャッキーよしかわとブルー・コメッツ)は、日本のバンドで1960年代に一世を風靡したグループ・サウンズのひとつ。1957年に結成されたロックコンボが母体。グループ名の由来は[1]「どの星よりも光り輝く彗星のように」である。当時の所属芸能事務所は大橋プロダクション(渡辺プロダクションと業務提携)。現在[いつ?]の所属事務所はオフィス・アタック。略称は「ブルコメ」が定着しているが、2013年現在公式では「COMETS(コメッツ)」を用いている。
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