有名な絵本『泣いた赤鬼』、赤鬼を助けた青鬼はいま何処?
2017年3月28日 更新

有名な絵本『泣いた赤鬼』、赤鬼を助けた青鬼はいま何処?

学校教科書にも採用されたことがある有名な絵本『泣いた赤鬼』。浜田廣介さんが書かれた日本の児童文学の代表作です。絵本をご存知の方も多いかと思いましたので、今回はこのお話。赤鬼を助けた青鬼についてです。

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新学期、新年度が始まる季節。この時期になると「♪ピッカピカの一年生」を思い出します。小学館の学習雑誌『小学一年生』のテレビCMです。『小学一年生』は大正14年(1925年)、学習雑誌の先駆けとして誕生した雑誌で、自分が子供のころにも、書店に伺うとデデンと置かれていた記憶があります。

新学期を迎えて新しい教科書を持ちながら新しい教室に入る緊張感・・・懐かしいです。

そこで連想したのが、学校教科書にも採用されたことがある有名な絵本『泣いた赤鬼』。浜田廣介さんが書かれた日本の児童文学の代表作です。絵本をご存知の方も多いかと思いましたので、今回はこのお話。

『泣いた赤鬼』とは

あらすじをウィキペディアから以下抜粋させていただきますと・・・
とある山の中に、一人の赤鬼が住んでいた。赤鬼はずっと人間と仲良くなりたいと思っていた。そこで、「心のやさしい鬼のうちです。どなたでもおいでください。おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます」という立て札を書き、家の前に立てておいた。
しかし、人間たちは疑い、誰一人として赤鬼の家に遊びに来ることはなかった。赤鬼は非常に悲しみ、信用してもらえないことを悔しがり、終いには腹を立て、せっかく立てた立て札を引き抜いてしまった。
一人悲しみに暮れていた頃、友達の青鬼が赤鬼の元を訪れる。赤鬼の話を聞いた青鬼はあることを考えた。それは、「青鬼が人間の村へ出かけて大暴れをする。そこへ赤鬼が出てきて、青鬼をこらしめる。そうすれば人間たちにも赤鬼がやさしい鬼だということがわかるだろう」という策であった。これでは青鬼に申し訳ないと思う赤鬼だったが、青鬼は強引に赤鬼を連れ、人間達が住む村へと向かうのだった。
そしてついに作戦は実行された。青鬼が村の子供達を襲い、赤鬼が懸命に防ぎ助ける。作戦は成功し、おかげで赤鬼は人間と仲良くなり、村人達は赤鬼の家に遊びに来るようになった。人間の友達が出来た赤鬼は毎日毎日遊び続け、充実した毎日を送る。
だが、赤鬼には一つ気になることがあった。それは、親友である青鬼があれから一度も遊びに来ないことであった。今村人と仲良く暮らせているのは青鬼のおかげであるので、赤鬼は近況報告もかねて青鬼の家を訪ねることにした。しかし、青鬼の家の戸は固く締まっており、戸の脇に貼り紙が貼ってあった。
それは「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら、体を大事にしてください。ぼくはどこまでも君の友達です」という青鬼からの置手紙であった。
赤鬼は黙ってそれを2度も3度も読み上げ、涙を流した。
というお話です。青鬼の優しさに泣いた読者も多いと思います(私は泣きました)。友達のために動く勇気を、私はこのお話で教わりました。

青鬼がご当地キャラクターに?

ところで私は「讃岐うどん」で有名な香川県出身なのですが、先日帰省したら、なんと!青鬼さんが香川に居るじゃないですか!しかも「親切な青鬼くん」として、ご当地キャラに!正しくは「香川県観光推進マスコットキャラクター」に!!
どういうことだ(汗)

「わがかがわ観光推進協議会(事務局:香川県観光振興課)」のホームページによると、
『泣いた赤鬼』のお話の中で旅に出た青鬼は、全国を旅する中、香川県に立ち寄り、讃岐の方々の接待の心(四国霊場88ヶ所めぐりをするお遍路さんに対し、地元の方がご飯や宿などを接待する風習を「オセッタイ」と言います)に触れ、人々の暖かい心に感謝して香川に住みついた・・・らしいです。

「楽しく暮らす」場所を見つけた青鬼の姿にホッコリ

確かに、帰省した時、高松駅で鬼の石像を見かけてはいましたが、まさか「泣いた赤鬼」に出てくる青鬼くんだったとは。

でも、旅に出た青鬼が赤鬼同様に「楽しく暮らす」場所を見つけることができたのだな…と思うと、それはそれでホッコリしますね(笑顔)石像の青鬼くんは笑顔で楽しそうです。

笑顔で新年度を迎えたいですね♪
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