その名はSAP!
2017年7月5日 更新

その名はSAP!

残念ながら終了が決まってしまった沖縄を舞台にしたボクのマンガ「屋根の上のラフテー」…そのキャラクターデザインをしてくれた沖縄在住のマンガ家「なかいま強」は僕と同時期にマンガの世界にはいった同い年の友人なのですが、もう一人同い年の仲間がいました。S藤宏…あの頃いつも3人で一緒にいて…

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3人のアシスタント

以前スポーツ大将の記事を書いた時にも触れたボクの最初のアシスタント先、
週刊少年サンデー連載「はしれ走!」の仕事場で
ボクより数か月早く入っていたのがS藤でした。
そしてその3ヶ月後くらいに仲井真(なかいま強)が入ってきました。
偶然3人同い年ですぐ仲良くなって仕事に遊びにと
いつも一緒にいたような気がします。

最近年下の仕事仲間に言われたのですが
ナカガーさんたちの世代のアシスタント同士って
妙に関係が深くて暑苦しく感じたそうです。

そうなんです。
妙に暑苦しい関係の親兄弟みたいな仕事仲間でした。

みやさんのところを3人揃ってやめた後、
仲井真は月刊少年ジャンプで「わたるがピュン!」の連載を始めるのですが
連載開始前も以後も仲井真とS藤が一緒にバイトしたり
ボクとS藤で「わたるがピュン!」の手伝いをしたりしていました。

その後ボクは「キャプテン翼」高橋陽一さんのアシスタントに入り
その陽一さんから「S藤君はアシスタントできる?」と聞かれ
今度は2人一緒にキャプテン翼のアシスタントをすることになり
またまたそこでもいつも一緒にいたような気がします。

そんなS藤が体の不調を訴えたのは陽一さんの仕事場に入って
1年ほど経った頃でしょうか?
足の裏に赤い内出血のようなものができその後口の中がズタズタで
食事もまともにとれなくなったと言ってきました。

もちろんボクは病院へ行くことを勧めたのですが
そのまま入院という事になってしまったのです。
同い年のアシスタント S藤

同い年のアシスタント S藤

誕生日も2日違い
バイク好きで出会ったときはホンダXL250S、
その後CBR400Fに乗り換えて…
アニメ好きで一番好きだったのはザンボット3だって。
パチンコ好きでよく2人で入り浸ってて…
先にパチンコ行こうって誘った方が
負けるっていうジンクスがあって
お互い相手に誘わせたくて「ピシュゥッ!ブブブ…」
って当時はやってたレッドライオンっていう
機種の音真似をしあって誘わせようとしたり。
プロレスも好きで野球の試合の時に試合に出てないからって
隅っこでプロレスやってて審判に怒られたり…

そんな友達でした。
病名は「膠原病」…彼のような若い男性がかかるのは稀な
今でも完全に治すことは不可能と言われている難病だそうです。

でも当時のボクはそこまでの大変な病気とは知らず
仕事帰りに何度か見舞いに行ったくらいで、本当に今でも後悔してます。

そしてS藤が入院して数か月後のある日
仕事から帰った深夜、彼の兄からS藤が亡くなったという電話を
もらったのです。

信じられませんでした。
ついこの間まで四六時中一緒にいた親兄弟みたいな仲間が!

通夜会場で、ボクは受付をしたので遅れて話に入ったのですが
マンガ家やアシスタント、担当の編集さんが彼を偲んでいろいろな話をしてました。

そんな中、仲井真の担当編集でデビュー前のボクの…そしてS藤の担当でもあった
Y蔵さんが突然
「S藤くんのネーム(鉛筆で描いたマンガの設計図みたいなものです)
を預かっているんだよね」と言い出しました。
S藤は入院前に新人賞に出すための読み切り漫画のネームを作っていて、
その資料用に当時発売したばかりのヤマハV-MAXの写真を撮りに
一緒にオートバイ屋さんに行ったのを思い出しました。
(今でもそのV-MAXの写真は残ってます)

ネームはS藤のお母さんに返すのがいいんじゃないかとか
いろいろ話しているうちに、ふと思いついてY倉さんに尋ねました。
「仲井真がそれをペン入れしたら雑誌に載せられますか?」

「もちろん大丈夫、載せられるよ」

仲井真は自分の名前はださないでむしろみんなでペン入れして
賞に出したいというようなことを言ってたのですが
「わたるがピュン!」が好調な仲井真が描くから
間違いなく載せられるということを言ったらすぐに納得して了承、
S藤の仕事仲間みんなで手伝ってペン入れすることになりました。

そして完成したのがこの
「その名はSAP」です。

その名はSAP!

その名はSAP

その名はSAP

今回このゲラ刷りの存在はあきらめていて、それどころかタイトルすら失念していて
仲井真に聞いたのに分からなかったのですが(なんといっても30年前の話です)
ダメ元で連絡した当時製作にも参加した仲間の一人、
スーパージャンプで「競艇少女」を連載していた小泉ヤスヒロが
タイトルは覚えているわ、ゲラはちゃんと保管してるわと
ちょっと感動してしまいました、すげえぞ、小泉!

デビュー

「今回は俺は全くネームはいじらないからな!」
仲井真はそう言って一言一句手を入れずS藤の描いたセリフのまま
キャラも仲井真風ではありますがやっぱりS藤のネームの絵を思わせる
仕上がりでした。

掲載は月刊ジャンプの増刊号で秋口頃だったと思います。

掲載後、仲井真のところに届いたゲラ刷りをもって
S藤の家に行き霊前に供えさせてもらいました。
もちろんまだデビュー前だったボクが「先にデビューしやがって!」と
毒づいたのは間違いありません。

沖縄から出てきた仲井真は3人で飲んだ時に
〇才までにデビューする!できなければ沖縄に帰る!
…とよく言っていたのですが、それを聞いたS藤は
「そうなんだ頑張れよ、でも俺はマンガが好きだからいくつになっても、
なかなかデビューできなくてもマンガを続ける」って言ってました。

ボクはその時はどちらの意見にも賛同しなかったのですが
なかなかデビューできなくてもって言ってたS藤に
あっさりデビューの先を越された事になってしまいました。

その後ボクはデビューまでさらに数年かかってしまうのですが
なんとかデビューにこぎつけ、
デビュー以降もこの年になるまで何度も食えない時期とかあっても
ずっとマンガを描いているのですから
ボクはS藤と同じだったんだなって…
30数年前のゲラ刷り

30数年前のゲラ刷り

ともかく今残っていたのが奇跡みたいな気がします。
仲井真がこの原稿料は使えないって言ったので
その原稿料を使って手伝ったみんなで
富士から熱海へ墓参りを兼ねた一泊旅行をしてきました。
その時の写真も残っているのですがみんな若い(笑)

ここでしか読めない!ナカガー書き下ろしの「時空探偵マツ・de・DX」はコチラから

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