マラソンと言えば、オリンピックの花形競技。
女子マラソンの歴史は浅く、日本人でもメダルに手が届く競技でした。そのため、当時から女子マラソン選考は荒れに荒れており、松野明美や谷川真理などの有力選手が出場できませんでした。
女子マラソンの歴史は浅く、日本人でもメダルに手が届く競技でした。そのため、当時から女子マラソン選考は荒れに荒れており、松野明美や谷川真理などの有力選手が出場できませんでした。
女子マラソン界のシンデレラとなった小鴨由水
via pbs.twimg.com
小鴨 由水(こかも ゆみ、本名:松永 由水(まつなが ゆみ)、1971年12月26日 - )は、日本の女子陸上競技長距離走・マラソン選手。元女子マラソン日本最高記録保持者・1992年バルセロナオリンピック女子マラソン日本代表。
初マラソンが日本記録&初マラソン世界最高記録
山下、有森、谷川の3人が有力で、ソウル五輪の1万メートルに出場した松野明美(ニコニコドー)がどう絡むか、という状況で迎えた年明けの大阪国際女子でなんと日本最高の更新と初マラソンの世界最高記録を出してしまう。
ダイハツ時代、まだ無名ランナーであった1992年1月、大阪国際女子マラソンで初マラソン。これはもともと、バルセロナオリンピックの女子マラソン代表を目指していた、小鴨のチームメイトである浅利純子のペースメーカー役という意味合いもあっての出走だった。
これで小鴨の代表入りがかなり有望となり、内定している山下と合わせて2人が確定。
残りの1枠を松野と有森で争うことになる。
残りの1枠を松野と有森で争うことになる。
過酷だったマラソン代表をめぐる争い
バラエティ番組に出ている松野明美とは違い真剣にマラソンに取り組んでいる1人の女子ランナーの姿が美しい。女子マラソンの選手に選ばれることは、こんなにも大変だったのだ。
山下が内定で、残る2枠を有森、小鴨、松野の3人で争うことになった。大阪国際女子で優勝した小鴨はほぼ当確で、実質は有森と松野の争いと見られた。世界陸上4位の有森と大阪国際女子2位の松野。暑さに強いという点では有森に分があると思われ、陸連もその方向へ傾いているという話が漏れてきたこともあったのか、代表が決まる3月28日の2日前の26日、松野は故郷の熊本で異例の記者会見を開き「出たらメダルを取れると思ってますので、選んでください」と強烈に訴えた。
有森裕子×松野明美▼バルセロナ五輪めぐる女の戦い~19年後の再会 - YouTube
説明
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バルセロナオリンピックの女子マラソン結果は?
有森裕子が日本女子陸上競技界では、1928年のアムステルダムオリンピック・女子800mで同じく銀メダリストの人見絹枝以来、64年ぶりの五輪メダル獲得たった。山下佐知子も4位と検討したため、29位に終わった小鴨に批判が集中してしまうことになった。
via www.joc.or.jp
結局万全の体調では無い状態での出走となり、完走はしたものの2時間58分台の29位に終わった(当初小鴨は30位でゴールしたが、ドーピング違反者が出たため29位へ繰り上げ)。翌1993年3月、「仕事で走るのが嫌になった」と語り、小鴨はダイハツを退社した。