70年代の小学校にはあったのに今の小学校ではなくなっているもの:アルコールランプ・プールの腰洗い槽・チャイムほか
2015年12月14日 更新

70年代の小学校にはあったのに今の小学校ではなくなっているもの:アルコールランプ・プールの腰洗い槽・チャイムほか

小学校から消えたものは安全面から至極当然なもの、学校のIT化による進化の結果として消えていくものなど色々あると思いますが、ずいぶんと学校は変わっているようです。

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プールに入る前に腰までつかる「腰洗い槽(洗体槽)」

プールに入る前に腰までつかる「腰洗い槽(洗体槽)」

プールに入る前に腰までつかる「腰洗い槽(洗体槽)」

腰洗い槽はプールに入る前に腰までつかる消毒槽の事だったが、塩素濃度は、プールの最高250倍で、そのため様々な症状が続出し、厚生労働省は1992年から洗浄はシャワーで十分と腰洗い槽を否定したのだった。
プールに入る前に腰までつかる「腰洗い槽(洗体槽)」

プールに入る前に腰までつかる「腰洗い槽(洗体槽)」

水が冷たかった気がします。みなも気合で入るような。腰洗い槽の底はざらざらして、膝などをすったら痛そうな感じでしたね。
実は昭和三〇年代のプールは水の入れ換えをあまりしていなかった。汗や小便で汚れた水は最初に入れた塩素だけでは消毒しきれない。そのため雑菌が増える。昭和三二年には岐阜県の大垣市では結膜炎が多くなり、さらには「プール熱(咽頭結膜熱)」と呼ばれた。

プール熱はアデノウイルスが引き起こすが、このウイルスを殺菌するため、岐阜薬科大が高濃度の塩素を入れた腰洗い槽を発明した。

文部省はこの実験結果をもとにプールの衛生設備として全国に建設を推進、昭和三〇年代後半にかけて広まっていったのだった。 

現在では腰洗い槽があってもなくてもプール熱が流行ることが経験則からわかっているし、プールの水も適度に浄化されている現状がある。そこで、アトピーなどを引き起こす原因となる腰洗い槽不要論がでてきているが、一度建設したものはなかなか撤去できないようだ。

文部科学省の通達では校長の裁量にまかすことになったが、判断をまかされた校長も困惑顔。いまや腰洗い槽が必要なほど衛生環境がひどいプールは存在しないというのに……。

理科の授業で使っていた「アルコールランプ」

理科の授業で使っていた「アルコールランプ」

理科の授業で使っていた「アルコールランプ」

かつては、学校の化学実験でのフラスコ等の加熱によく用いられた。
近年の日本では、子供がマッチやライターの扱いを知らない、危険性を気にせず実験に集中させたい、などの思惑から、小学校の理科の教科書からアルコールランプの記述が消えた。

2005年度から、多くの教科書でガスコンロを推奨している。また、より高学年になるに従い、あるいはより専門的な場では、火力が強く安定しているガスバーナーを使うようになる。
(出典:Wikipedia「アルコールランプ」)

理科の授業で使っていた「石綿(アスベストス)付き金網、三脚とセット」

理科の授業で使っていた「石綿(アスベストス)付き金網、...

理科の授業で使っていた「石綿(アスベストス)付き金網、三脚とセット」

石綿の繊維1本は直径0.02-0.35 μm(髪の毛の5,000分の1)程度である。耐久性、耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性などの特性に非常に優れ、安価であるため、「奇跡の鉱物」として重宝され、建設資材、電気製品、自動車、家庭用品等、様々な用途に広く使用されてきた。しかし、空中に飛散した石綿繊維を長期間大量に吸入すると肺癌や中皮腫の誘因となることが指摘されるようになり「静かな時限爆弾」と呼ばれるようになった。

発ガン性などが問題となり、日本では2006年9月から、化学工業プラントで配管同士の接続に使用される「シール材」などの5製品を除き、原則禁止になった。しかし、厚生労働省は、2008年4月に、例外的に認められていた5製品についても2011年度を目途に全廃することとし、同年度以降は、新たな石綿製品は日本では製造されないことになった。

理科の実験で、ビーカーなどを火に掛ける際に使う石綿付き金網(石綿金網、アスベスト付金網とも。金網の中央にある円形の白っぽい部分が温石綿)が1988年3月頃まで販売されていた。

上記の問題から使用が中止され、2005年(平成17年)11月10日現在すべての小中高校での使用中止、および廃棄または廃棄を前提とした密封保管されていることが確認されている。

現在はセラミックやセラミックファイバーを利用したセラミック付金網が使用されている。ただし、一部のセラミックファイバーについても、発癌性が疑われている(国際がん研究機関 グループ2B)
(出典:Wikipedia「石綿」)

ブルマー

ブルマーに対する反対運動と廃止までの流れ

ブルマーに対する反対運動と廃止までの流れ

1970年代以降、ブルマーは従来のもんぺ・ちょうちん型からショーツのように太股を完全に露出するスタイルに変貌した。当時の人気スポーツであったバレーボールの影響から、スポーティーで格好いいと好意的に受け止められる向きがあった反面、性的な羞恥心が強くなる思春期の女子にとっては潜在的な抵抗感もあったという。

軽量で動きに対する追従性がよい反面、ブルマー着衣部分の体型が強調されたり、ブルマーの裾からヒップが露出したり、ブルマーの裾からショーツが露出するいわゆる「ハミパン」が生じるという問題もあった。また、太股の露出に抵抗を持つ者も多くなった。

1987年、名古屋西高校で女子生徒の体操着として新たにブルマーを導入したところ、生徒による反対運動が起こった。1988年、朝日新聞で女子中高生がブルマーに反対する投書が掲載された。

1990年代に入ると、それまでは一部のマニアのものであったブルセラ趣味が商業的に展開され、女子生徒から着用済みのブルマーやセーラー服などを買取り販売するブルセラショップが誕生した。

ブルマーが性的好奇心の対象として一般に認知されるようになると、運動会などの学校行事においてブルマー姿の女子生徒を盗撮したり、校舎に侵入してブルマーの窃盗をはたらいて逮捕されるといった事件が、社会問題として取り上げられるようになっていった。

1993年にJリーグが開始される前後より始まったサッカーブームから、プロサッカー選手のユニフォームとして着用されていたハーフパンツが注目されるようになった。

こうした時代背景の中、ブルマー着用の必然性に対して疑問の声が上がり始め、新聞にブルマー廃止を訴える女子中高生の投書が掲載されるようになった。

1995年には東京都小金井市議会で若竹綾子市議が問題提起を行い、それが朝日新聞に掲載されると、学校や保護者も含めたブルマ―廃止機運が高まった。また男女同権論者・ジェンダーフリー教育論者の中からは、通常体育の授業時は男女別服装である合理的理由はなく、男女平等教育の観点に照らして男子・女子とも同じ運動着を着るべきであると主張する人々も現れた。

これらの動きにマスコミも追従し、追放運動は1990年代中盤にピークを迎えた。1994年にいくつかの県で廃止が決定されると、ブルマーの指定廃止は数年のうちに全国に広がった。

こうして公立校は2004年、私立校でも2005年を最後に、女子の体操着としてブルマーを指定する学校は日本から消滅した。多くの学校では、ブルマーの代わりに太股を覆ったハーフパンツまたはクォーターパンツが採用されることとなった。

名札

名札をつけなくなっている。

名札をつけなくなっている。

近年では名札から不審者に個人情報が漏れてしまうとの理由から、登下校時には名札をつけず、靴箱にも名前の記載はなし。さらに連絡網も学校からの一斉メールに変化している。
個人情報、不審者、などの理由で、
うちの子の学校では朝登校したら付けて、下校時に外して帰ります。

娘の学校は校内のみ名札をつけます。
帰りは机に置いて先生が集め保管しています。
不審者対策で名前が割れないようにする為だと入学時に説明会がありました。

うちの子たちの通う小学校は回転式名札です。
外(登校や下校の時)にいる時は、名前が見えない方に向けておいて、
学校の中にいる時は名前が見える方に向けておく!!!
小学生の名札が消えた?

最近の小学校では登下校時に名札をつけない、あるいは名札自体を廃止する学校が増えています。

家庭訪問は玄関先で済ませる

家庭訪問は部屋に上がらず玄関先で済ませることが多いという

家庭訪問は部屋に上がらず玄関先で済ませることが多いという

かっては教師が部屋まで通され保護者と談笑するのが極く自然な形であったが、ゆとり教育制度の実施以降は玄関先で済ませるという風潮が強くなってきている。

生徒宅に上がる場合に教師は生徒の生活実態を把握するため居間や子供部屋を見るが、近年深刻な社会問題となっているモンスターペアレンツめいた保護者からは不満の声が年々増加傾向にあるため、自粛する傾向が強くなってきている。

逆に時間の都合や、保護者にお茶出しなどの余計な手間をかけさせないといった現代的な事情が理由で玄関先で済ませる場合は、事前に学級通信などで「玄関先で失礼します」などと告知することもある。これら諸事情が要因して訪問時間は10分~20分程度と短縮された。
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