アメリカ横断ウルトラクイズ、福留功男アナの「ニューヨークへ行きたいか~‼」に始まる壮絶なクイズバトルの歴史。
2018年12月14日 更新

アメリカ横断ウルトラクイズ、福留功男アナの「ニューヨークへ行きたいか~‼」に始まる壮絶なクイズバトルの歴史。

日本テレビの大型クイズ番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」毎年見てた方も多かったのではないでしょうか。主に1977~92年、毎年10月~12月にかけて特番が組まれた視聴者参加型のクイズ番組、毎週の放送がとても待ち遠しかったものです。壮絶なクイズバトルで無情にも脱落し罰ゲームをうけた人、最後まで勝ち残って栄光とスケールの大きな賞品を手にしたクイズ王。福留功男アナ、福澤朗アナらの名司会も番組を大いに盛り上げてくれましたよね。そんなアメリカ横断ウルトラクイズ歴代のクイズ王や罰ゲーム、豪華すぎた優勝賞品を振り返ってみましょう。

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第12回(1988年)

参加資格年齢の上限が45歳から50歳に引き上げられ、第一次予選が初めて東京ドームにて行われた。敗者の味方が徳光から渡辺正行へと交代し、徳光は初めて一般挑戦者として出場した(第一問で敗退)。また、第1回クイズ王の松尾も5年ぶりの出場となったが、敗退した。
本大会からコンチネンタル・ミクロネシア航空時代の第9回以前と同様、成田→グァムの移動は通常通り飛行機1機での移動に戻した。
北極圏のバローから南極圏のフェゴ島まで南北アメリカ大陸を縦断し、アメリカ本土(フロリダ半島)へ再上陸。総移動距離55,000kmという歴代で最も距離の長いルートを辿った。南米ではブラジルとアルゼンチンを経由した。
決勝戦は今大会からイースト川を航行する遊覧船「プリンセス号」の船上で行われるナイター決勝となった。
機内1位の挑戦者がアメリカ大陸上陸を果たせず敗北し、第8回でもアメリカ大陸上陸を果たした2名が再度の本土上陸を果たしたり、成田・バロー・フェゴ島と3度敗退するも、いずれも敗者復活で復活した酒井敦子(東京都出身、No.12、ワシントンDCで敗退)など女性が3名南米上陸し、本土上陸後のトップ通過者の顔ぶれが固定されておらず、実力伯仲の戦いが続いた。一方で年長者、若年者は不振であり、20代の社会人挑戦者が中心となった。

クイズ王(優勝者) 瀬間康仁

瀬間康仁

瀬間康仁

群馬県出身・大阪府在住、当時24歳。
立命館大学の学生で、RUQS4代目会長。趣味は献血で、当大会参加前までに63回も行ったというその数の多さから、イグアスの大声クイズで叫ぶ言葉も「何があっても献血」になった。
第一次予選では最後の問題で敗れたが、補欠繰上げにて第二次予選に参加。公務員試験を捨てての挑戦だった(後年に改めて公務員試験を受験し、合格後に群馬県職員となり、群馬県庁に勤務していた)。
サンフランシスコ、イグアス、フェゴ島などでは上位通過を果たし、ゲインズビル以降は全てトップ通過。決勝戦は紋付羽織袴を着て臨んだ。2年前の第10回の第一次予選も突破していたが、第二次予選の腕ズモウにて左利きであった瀬間は、右利きの相手と逆手で対戦したが、敗退した経歴がある。

準優勝者 大江成人

千葉県出身、当時22歳。
早稲田大学の学生。アラスカ鉄道でのクイズの誤答から、あだ名は「ババピー」で、道中の酒の席で、その誤答を女性解答者にからかわれ、酔った勢いもあって首に手を掛けたり、イグアスの大滝びクイズではフレーズが「ババピー」となった(回想シーンも放送された)。
本土上陸当初は中、下位での通過が多くラスベガスのクラップス早押しクイズでは振り直しの末後ろ向きでサイコロを振りラスト通過だったが、トップ通過したサンパウロ以降はフェゴ島でラスト通過となった以外上位通過が多かった(特にフェゴ島では、自身の他人に対する優しさから自身が危機に陥る場面があり、フェゴ島通過の際も勝ち抜いたが葛藤から涙を流す場面があった。その心情もあり、決勝まで勝ち上がった際には決勝の紹介では福留から「彼ほど、この旅で逞しくなった男は過去に見当たりません」と称された)。

優勝賞品 バイオマリンスポーツセット一式

バイオマリンスポーツセット一式

バイオマリンスポーツセット一式

フェゴ島で発表された。フロリダ州のウィンターヘブンで贈呈。同時にインストラクター技術も伝授された。
「バイオマリンスポーツ」とは馬1頭の力によって引かれる水上スキー「ホースウォータースキー」のこと。馬も賞品に含まれる。賞品地レポーターは小倉淳が務めた。

第13回(1989年)

第1回から続いたスタジオパートが廃止され、代わりに人工衛星による撮影画像を用いたCGのルート紹介、スタッフや挑戦者による敗者予想など新たな趣向が試みられた。
第1問と敗者復活者が、第一次予選当日の読売新聞紙上で発表された。今大会より、グァムのブーブーゲートでの効果音がブザー音声から電子音声(クイズ不正解時の効果音と同じもの)に変更になり、またグァムの泥んこクイズでは、問題が書かれた番号札(挑戦者は残っている番号札から任意のものを選ぶ)が廃止になり、挑戦者はあらかじめ用意された問題に答える方式に変更になった。
ルート前半ではオーストラリアとニュージーランドに上陸し、後半でアメリカ本土を横断。シドニーではMr.マリックがゲストとして出演し、敗者復活戦も行った。 前年と異なりアメリカ本土上陸前にクイーンズタウンで女性が全滅し、アメリカ本土上陸を果たしたのは全員男性でロサンゼルスで敗退した1名を除き大学クイズ研究会関係者ばかりであった。
全大会中でも、国内予選を通過した挑戦者のクイズ知識が際立っていた大会とされ、特に後半のチェックポイントで激戦が繰り広げられた。特に準決勝ボルティモアの通せんぼクイズでは長戸勇人が通過席に8度立ち、準決勝用に用意された問題が使い果たされるなど、第5回ノックスビルにも勝る激戦が繰り広げられた。

クイズ王(優勝者) 長戸勇人

長戸勇人

長戸勇人

京都府出身、当時24歳。
立命館大学の学生だったが、休学して第一次予選の参加直前まで南米旅行をしていた。RUQS5代目会長。極めて関西人らしい豪快な性格と言動が特徴。
第一次予選終了後に南米旅行時に感染したA型肝炎で入院したが、第二次予選直前に退院して参加した。第二次予選と機内クイズは髭面でのパジャマ姿で臨み、グァムで髭は剃り落としたものの、決勝戦も再びパジャマ姿で臨んだ。
トップ通過はクイーンズタウンとボルティモアのみで、グァムで敗者復活、チムニーロックとメンフィスでラスト通過、ボルティモアでは通過席に8度立つなど、後半は苦戦の連続だった。なお、肝炎の既往歴を考慮して、優勝者に与えられるシャンパンが見た目がシャンパン風のジュースに差し替えられていた。
「クイズはスポーツ」が信条で、クイーンズタウン以降はラグビーのオールブラックスのジャージでクイズに臨む(着替えるシーンも放送された)こともあった。福留からは「20世紀最強のチャンピオン」と呼ばれ、本番組のビデオでは「早押し0.07秒」と紹介された。現在はクイズ作家として活躍している。

準優勝者 永田喜彰

永田喜彰

永田喜彰

兵庫県出身、当時26歳。
大阪大学出身、システムエンジニア。第5回から第一次予選に参加しており、大学在学中は青春18きっぷを利用しての電車旅行ついでに予選参加していたと言う、第2回クイズ王の北川と同じく鉄道ファンであった。
シドニーで敗者復活。クイーンズタウンから再び合流して以降、準決勝まで、クイズ挑戦時には常にMr.マリックからもらった「ハンドパワーTシャツ」を着用し続けた(決勝ではTシャツは着なかった)。第10回でも国内予選を突破し、成田の○×問題で誤答しペーパークイズで敗者復活したものの、この時はグァムで敗退している(「他の人の問題を聞いても間違えてばかり」という理由で、問題を聞く前に○へ行くと宣言したものの、よりによって鉄道運賃に関する問題が出され「しまった」と言いながらも結局宣言通り○に飛び込んでドロンコになった)。翌年の1987年(昭和62年)からは、外部生ながらRUQSに所属していた。
長戸と違ってトップ通過が多く、シドニー以外は安定していた。但し、チムニーロックでは、コンボイの乗車順=解答順を決める三択クイズで最も不利な最後尾となったものの、挑戦権を獲得した通過問題では一発正解し結局4番目に通過している。後に長戸と共にバラエティ番組に出演するなどクイズタレントとしても活動している。

優勝賞品 冷凍人間保存の会員権

冷凍人間保存の会員権

冷凍人間保存の会員権

オークランドで贈呈。賞品贈呈パートは罰ゲームのテーマで開始された。
東京ドームにて「10万26歳」「タイムカプセル」「2001年宇宙の旅」という3つのヒントが与えられていた。

第14回(1990年)

レギュラー放送で福留が全編担当をした最後の大会。日本テレビがタイアップしていた映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』に因み、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」がテーマとなっていた。
第1問が第一次予選当日、早朝のテレビ番組で発表された。グァムでは台風の影響で○×どろんこクイズができないという事態が発生。その後はフランス領ポリネシアのタヒチに上陸。アメリカ本土西海岸のポートランド上陸後は、準決勝・東海岸のキティホークまで全てチャーターバスのみで移動し、日本人があまり訪れない秘境でのクイズも行われた。
クイズ研究会対策として採用された「クイズ研殺し」の問題が一部の問題で出題されたことから、クイズ経験者や大学クイズ研究会の強者が多数勝ち残った前年とはうって変わり、学生はアーチーズで最後の敗者となる、レバノンでの逆転負けなど多くが振るわなかった。前年同様、前半のオレゴン街道・グランドテートン・ソルトレークで女性が全滅し、後半に勝ち残ったのは男性ばかりであった。
後半に勝ち進んだ挑戦者には社会人やクイズ未経験者が多く、30代以上の本土上陸者、妻帯者や父親である者も多かった。これにより決勝進出者は久し振りに社会人のみとなった。
また、バスツアーや車中泊・番組史上初となる罰ゲーム以外でのサバイバル体験入学・大西洋到着など、クイズ以外の場面での挑戦者の表情が映し出される場面が多く、全体的なBGMの選曲も相まってヒューマン・ドキュメンタリー色の濃い大会となった。バスツアーでありなおかつ秘境でのクイズが多かったため、失格者帰国のテロップには?マークがつくことが多かった。

クイズ王(優勝者) 佐藤光邦

193 件

思い出を語ろう

     
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  • ササキコウジ 2021/10/3 09:11

    緊張をしているこを教えて下さい現在記載中で履歴書は提出してあります飲食店内です大きなしゃべりがしたので相手の人うろうろしている千葉県立障害者高等技術専門校内でも払い戻しをしているのキャンセルを入れて下さい食べに行くべどか行っている

    ササキコウジサン 2021/9/22 14:14

    千葉県立八日市場養護学校高等部に在校していて現場実習のきっかけで自動車教習所に行たくて卒業後は東総TDK株式会社に就職をしましたが療育手帳と年金手帳が必要となりハローワークに行き失業保険給付と雇用保険受給者証をもらい
    千葉県立障害者高等技術専門校に行き就職をしたですが株式会社セイユーパレット打ち作業であるフォークリフト修了証から大型特殊自動車免許に更新される為
    大型免許と第2種免許とスーパーカブ50ccバイクには乗れないとパレット打ち作業は現場には入れない千葉県立障害高等技術専門校訓練生に在校出来ない千葉県立八日市場養護学校から特別支援学校になりました第12回アメリカ横断ウルトラクイズから第16回アメリカ横断ウルトラクイズまでテレビで見ていましたので平成19年6月1日に道路交通法が改善されそれできっかけとなりました
    ありがとうございました

    I.O(追伸) 2020/5/17 21:07

    ウルトラクイズ記念すべき1回大会チャンピオン・松尾清三さんは、現在も健在で多数のチャンピオン経験が有る伝説のクイズ王で、彼が経営していた材木屋は既に閉めており、昨年他界した2年後のクイズ王・宗田利八郎さんが経営していた造り酒屋も数年前に閉めました。尚・松尾さんは数年前に有吉さんの番組で、彼のウルトラチャンピオンの後輩・長戸勇人さんと能勢一幸さんの3人でクイズで対決していました。

    イサオ 2020/1/13 20:33

    先日、ウルトラクイズ15回大会をYouTubeで見ました。1問目の正解前に、福留さんから重大発表が有り、それはウルトラクイズ司会の降板で、どうやら体力的にも限界を感じ、福留さんは15回大会の放送の年に体調不良で入院したのが要因でした。そして重大発表後は、前年のクイズ王・佐藤さんがオープンカーに乗って入場しましたが、この回と16回大会では、歴代クイズ王の入場は有りませんでした。そして1問目終了後、更に重大発表が、それはウルトラクイズ2代目司会・福澤朗さんが就任し福澤さん就任後、福留さんは静かに東京ドームを去りました。ところが93年の17回大会は、バブル崩壊の煽りも有りウルトラクイズは開催されず、17回大会は幻となりましたが、ファンからの要望に応えて、6年の沈黙後の98年に今世紀最後と命名し、98年大会を最後にウルトラクイズはシリーズ完結を迎え、MCも福留さんが復活しました。

    めぐちゃん 2019/12/26 20:34

    子供時代は
    『生きてる内に一度はこのクイズ番組に出たい!』と考えてました。
    既に50過ぎて『ウルトラクイズ』も終了し、夢の夢になってしまいました。子供時代の想い出です。

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