【一億円トーナメント事件】UWFインターがメジャー5団体のエースに参加を呼びかけた幻のトーナメント!
2016年11月25日 更新

【一億円トーナメント事件】UWFインターがメジャー5団体のエースに参加を呼びかけた幻のトーナメント!

キミは幻の一億円トーナメントを知っているか?高田延彦率いるUWFインターがプロレス最強を決めようと主要5団体のエースに声をかけたこのトーナメント、幻に終わったが実現したらどうなっていただろう。

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幻の一億円トーナメント事件

当時何かとお騒がせだったUWFインターナショナルによる声掛け。
もちろんというか、ほぼ全面的に相手にされず幻のトーナメントとなった。

UWFインターナショナル

「最強」高田延彦を擁するUWFインターナショナル

「最強」高田延彦を擁するUWFインターナショナル

90年代のマット界を一世風靡しました。
1991年5月10日に高田延彦が旗揚げ。

第2次UWFでは前田日明に次ぐポジションであった高田を絶対エースに据え「プロレスこそ最強」を標榜し、プロボクシングWBCヘビー級の元王者、トレバー・バービックとの異種格闘技戦、ゲーリー・オブライトの発掘と躍進、スーパー・ベイダー(現:ビッグバン・ベイダー)や元横綱、北尾光司の参戦、そして「日本プロレス史上最大の対抗戦」となった新日本プロレスとの全面戦争など、様々な仕掛けで人気を博した。

しかし後述するように、他団体に対して常に挑発的なスタンスを取っていたため、他団体の選手からの批判やそれに伴ってファンが抱くマイナスイメージなども少なくはなく、良くも悪くも多くの話題を提供した団体でもあった。

「一億円トーナメント」に対する各団体エースの反応

Uインターがまたやってくれた!が当時のUWFインターナ...

Uインターがまたやってくれた!が当時のUWFインターナショナルのポジションを端的に表しています

金屏風の前に積まれたピン札の山。
事情はともかく、インパクトは十分すぎるほどありましたね。
メジャー5団体のエースに参加を呼びかけた「1億円トーナメント」事件。

1994年、現金1億円と当時の主要5団体のエース(橋本真也、三沢光晴、天龍源一郎、前田日明、船木誠勝)への招待状を用意して記者会見を開き「プロレスリング・ワールドトーナメント」の開催を突如発表。

記者会見を行う当日に金融機関から1億円を借り、記者団の前でうず高く積まれた現金を見せ付け、その日のうちに返済。金利もきちんと支払ったという。
新日本プロレス、全日本プロレスは拒否

新日本プロレス、全日本プロレスは拒否

唯一、前向きというか、テーブルにつく可能性があったのは、リングスだけでした。

他の全日、新日、パンクラスは大人の対応で、やんわり拒否しました。

ちなみに藤原組には呼びかけていませんね・・・(^^


なお、リングスの対応は以下のとおりです。

・リングスが、Uインターやパンクラスなどに対抗戦を持ちかける。
つまり、この1億円トーナメントを巡る一連の騒動の発端は、
リングスが無茶ブリをしたせいです・・・(^^

・Uインターが拒否し、返す刀で、リングスを含め、
当時の主要5団体のエースに1億円トーナメント開催を迫る。
ポスターには前田選手らしきシルエット・・・(^^

・激怒したリングス側(前田選手)がUインターに対抗戦を再度申し込む。

・Uインター側が、宮戸選手の馬の骨発言で団体戦を拒否し、
それどころか安生選手が200%発言で挑発。・・・(^^

・リングス・前田選手が激怒するも、
今度はUインター側が脅迫されたとマジ告発。・・・(^^
リングス側が謝罪して一件落着。
パンクラス・WARは出場辞退

パンクラス・WARは出場辞退

4月3日、私は大阪にいた。プロレス団体「UWFインターナショナル」の興業 である「プロレスリング・ワールドトーナメント’94・1回戦」の試合を見る為である。

実はこの日の観戦は私の当初の予定にはなかった。UWFインターナショ
ナル(以下、Uインターと記す)は今回のトーナメント開催に先立ち、新日本プロレス・橋本真也、全日本プロレス・三沢光晴、WAR・天龍源一郎、リングス・前田日明、パンクラス・船木誠勝の5選手を特別招待選手とし、この5選手が優勝した場合の賞金を1億円として記者会見場に現金1億円を積み上げ、裏工作もなしに一方的に5選手に対する招待状を発送したのだ。

新日本の橋本選手は露骨に反発、Uインターとの絶縁を発表。普段は大人しい全日本の三沢選手でさえ、Uインターに対する非難を行なう始末。WAR・天龍、パンクラス・船木両選手は日程の調整が不可能であることを理由に出場を辞退するとの文書を郵送、しかしリングス・前田選手の行動が若干話をややこしくした。

リングスの前田日明は今年に入ってから、UWFから分裂した団体であるUインター、パンクラス両団体に対して対抗戦を呼びかけていた。しかしパンクラスはUWF分裂のしこりから前田に対し、「パンクラス所属選手の名前を出すな」と絶縁を宣言。Uインターはこの時点まで前田の呼びかけを黙殺していた。

そういう経緯もあり前田はUインターからの招待状に素早く反応、4招待選手の不参加が明らかになった時点で「プロレス界のナンバー1を決めるとするUインターの構想は、今回のトーナメントで実現不可能になった」として、逆にリングスvsUインターの13vs13全面対抗戦を提案。

これは後にトーナメントへのリングス所属8選手の参加を要求、リングスとUインターは対抗戦とトーナメントを材料に、綱引きを始めることとなった。
リングスはUWFインターとの全面対抗戦を希望

リングスはUWFインターとの全面対抗戦を希望

一億円トーナメントなど企画は奇抜でも、根回しを軽視した営業は褒められたものではないし、プロレスに対する素人さも酷い有様で(川田利明に対する評価ときたら!)、ご本人が凋落の一因に言わざる得ない(苦笑)
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