20世紀の熾烈な家庭用ゲーム機戦争を振り返ろう。
2016年5月20日 更新

20世紀の熾烈な家庭用ゲーム機戦争を振り返ろう。

カセットビジョンに始まりファミコンの天下、そしてプレステで終わった20世紀の家庭用ゲーム機戦争。その間セガ、NECといった有力どころも存在し、実に凌ぎを削る競争が続いていました。そんな家庭用ゲーム機戦争を振り返ってみます。

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家庭用型ゲーム機

初期の日本市場では、日本国内外の玩具メーカーや電機メーカーが各社各様のゲームマシンを発売していた。日本初の家庭用テレビゲーム機という意味では1975年にエポック社からテレビテニスという二人プレイのポンテニスゲームが発売されている。

また後に市場を席巻することになる任天堂は1977年に発売したカラーテレビゲーム15で参入している。しかしこれらはソフトウエアを交換できない機種であり、その後のハードウエア・ソフトウエア分離の販売競争とは異なるものだった。

1980年前後

アタリVCS

アタリVCS

ソフト交換式の家庭用テレビゲームも当初は日本国外の技術が幅を利かせており、アメリカで1977年に登場したアタリVCSをエポック社が1979年に輸入販売した「カセットTVゲーム」は5万円を超える高価な品だった。

1977年にハードウエアを初めて日本国内メーカーが生産したビデオカセッティ・ロック(タカトク)や同じく1978年のTV JACK アドオン5000(バンダイ)が2万円を切る価格で登場しているが、肝心のゲームソフトはまだ輸入LSIだった。日本独自にハードとソフトが展開された例としては、1981年に発売されたエポック社のカセットビジョンが初と見られている。

引用:wikipedia
カセットビジョン

カセットビジョン

カセットビジョンは12000円(ACアダプタ別売、後に同梱で13500円)という低価格を実現しながらも既存の人気ゲームを移植するなどして、当時のコンシューマーゲームハードとしては群を抜く普及を見せた。

当時の日本は電子ゲームの全盛期であり、まだ家庭用テレビゲームがコンシューマーゲームの主役といえる状況ではなかったが、カセットビジョンの成功は日本でのソフト交換式の家庭用テレビゲームという文化の開拓に繋がり、他社もこれに続く形となった。

1983年にはカセットビジョン並みの低価格帯の家庭用ゲームハードが各社から本格的に出揃うようになったが、少なくともその頃まではカセットビジョンが日本で一番売れていると言われていた。

引用:wikipedia

1983年

ファミリーコンピュータ

ファミリーコンピュータ

この1983年は日本における(ある程度低価格な)家庭用ゲームハードの新機種ラッシュの年となり、当時の雑誌ではちょっとしたゲーム機競争の様相すら見せていた。

月刊コロコロコミックでは同年9-12月号に4号連続で特集が組まれ、この年の3月から7月までの4か月間に相次いで発売されたファミリーコンピュータ・Atari 2800・SG-1000・アルカディア・ぴゅう太Jr.・カセットビジョンJr.の、実に6機種が紹介されている。

秋以降もPV-1000・TVボーイ・オセロマルチビジョンなどの登場が続いた。

引用:wikipedia

CM Famicom & Super Famicom (ファミリーコンピュータ & スーパーファミコン) - YouTube

この時点の比較記事では各社のハードにもそれなりの競争力は指摘されていたが、突出したハードウエア性能と個々のソフトの評価に優れる任天堂のファミリーコンピュータ(ファミコン)が群を抜く高い評価を受けていた。

後に3大ハードメーカーに名を連ねるセガもこのときSG-1000でコンシューマ市場に参入しているが、アーケードでは当時すでに30年以上の実績があり、同誌ではそのゲーム作りのセンスが評価されていた。

エポック社は当時すでにカセットビジョンの市場を持っていたが性能的には1970年代並みの時代遅れのもので、ファミコンとの直接的な競合は避けて機能を削減した廉価機カセットビジョンJr.を5000円という破格の低価格で発売した。

当時普及していた電子ゲーム程度の価格でテレビゲームが買えたことから家庭用テレビゲームの普及に繋がる入門機として注目され、一時はファミコンと共に「2大テレビゲーム」と称されることもあった。

しかし翌年には後継機が登場したこともあり、商品展開期間という意味では短命に終わった。

引用:wikipedia
MSX

MSX

ゲーム機というよりはパソコン(ゲームパソコン)のカテゴリではあるが、関連機種として、この年にはSG-1000の上位機でキーボード搭載のSC-3000も発売された。

ゲームとプログラミングという新たな手法として8bit統一規格パソコンのMSXも発売され一定の市場を築くも、後のファミコンの独占状態を崩すまでには至らなかった。

引用:wikipedia

1980年代中期

スーパーカセットビジョン

スーパーカセットビジョン

翌1984年になるとファミコンはサードパーティーの参入が始まり、多数の良質ソフトを生み出し、ファミコンブームを巻き起こした。

ファミコンが電子ゲームに代わってコンシューマーゲームの主役となり、前年に登場した他社のテレビゲーム機の多くが次第に駆逐されていった。

しかしその一方でファミコンの品薄も手伝って売上を伸ばしたメーカーもあった。この年にセガはSG-1000のコントローラーの操作性を向上させたマイナーチェンジモデルSG-1000IIを発売。

一方、エポック社も同時期にファミコンをしのぐ128スプライトの性能を謳うスーパーカセットビジョンを発売。

引用:wikipedia
セガ・マークIII

セガ・マークIII

セガは1985年にも画面表示機能を大幅に向上させたセガ・マークIIIを発売した。

引用:wikipedia
ディスクシステム

ディスクシステム

しかしファミコンはこの年に登場した『スーパーマリオブラザーズ』がキラータイトルとなって急激にシェアを拡大し、1985年末の年末商戦には品切れとなる売れ行きを見せて普及台数が600万台を突破、他の競合機を突き放した。

翌1986年、任天堂は低コストでソフトを供給可能な周辺機器ディスクシステムを発売させるが、ROMカートリッジの大容量化とセーブ機能の搭載、単価の安さが販売店に嫌われたことや著作権の任天堂との共有がサードパーティの支持を得られず、今後自社のソフトは全てディスクシステムでリリースするとの任天堂の公約も破棄されて、失敗に終わった。

スーパーカセットビジョン用ソフトの新作は1987年になると終息し、エポック社が事実上撤退した。

引用:wikipedia
PCエンジン

PCエンジン

任天堂・セガの1強1弱状態のさなか、そのエポック社に代わって参入したのが8ビット機としては最後発となるNECホームエレクトロニクスのPCエンジンである。

発売当初からナムコ等の有力サードパーティーがおり、開発元のハドソンの『R-TYPE』をキラータイトルとして用意していた。また、この年にセガはマークIIIのFM音源ユニットと連射装置を搭載させたマイナーチェンジモデルマスターシステムを発売した。

引用:wikipedia
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