元大関『増位山』大相撲から演歌歌手に転身したイケメン力士
2016年11月28日 更新

元大関『増位山』大相撲から演歌歌手に転身したイケメン力士

昭和のイケメン力士の中でも、甘いマスクと美声でファンを魅了した増位山。父親も大関というサラブレットだ。同じ三保ケ関部屋で、一緒に初土俵を踏んだ、横綱北の湖との関係や、歌手活動と相撲協会のこと。妻との出会い。ミシュランガイドに掲載された「ちゃんこ増位山」。新曲や現在の増位山について。

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元大関・増位山 太志郎(ますいやま・だいしろう)

元大関増位山(本名:沢田昇)は、1948年11月16日に先代三保ケ関親方の長男として生まれる。
兵庫県出身、三保ケ関部屋。

幼いころの夢は歌手になること。中学になり水泳部に入ったが、その時には水泳より相撲に夢中で、角界入りを希望していた父親は反対、澤田 昇(増位山)の意志は固く、何度も志願を繰り返し入門をはたした。

先代の定年後は三保ケ関部屋を継承、大関把瑠都を育てる。
プロ並みの歌唱力で、現役時代に「そんな夕子にほれました」でレコードデビューもしている。
おおとりウィングスミニコンサート 増位山太志郎 ( 邦楽 ) - 島津亜矢姫歌の軌跡 - Yahoo!ブログ (1790710)

同じ部屋の横綱北の湖と同じ67年初場所に初土俵を踏み、1970年(昭和45年)に春場所新入幕する。
入幕後は平幕上位や三役として活躍する。
1980年(昭和55年)の初場所後、31歳で史上初の親子大関となるが、在位7場所で引退する。

第179代大関、父親の増位山大志郎

増位山大志郎 - Wikipedia (1776669)

相撲取り(増位山大志郎)だった父親の澤田 國秋は、1935年(昭和10年)に初土俵を踏み。大関まで昇進。1950年(昭和25年)に引退した。

角界のサラブレット増位山 太志郎の誕生

憶えていますか? | マサの部屋;心のネットワーク - 楽天ブログ (1776721)

増位山 太志郎は、同部屋の横綱北の湖と同じ、1967年(昭和42年)初場所に初土俵を踏む。
「昭和の大横綱」北の湖と増位山は、同じ三保ケ関部屋。大相撲では、基本的に同部屋同士や血縁者同士の対戦が組まれることはない。

※1995年(平成7年)11月場所に、大関3代若乃花-横綱貴乃花の優勝決定戦で、同部屋・兄弟による取り組みが行われた。

甘いマスクのイケメン力士

大相撲 古今 男前番付:時事ドットコム (1776657)

想像を絶する!甘いマスクの相撲取り?

やさしいお目目?

今でいう「イケメン」、昔の色男系力士。

写真は、1975年(昭和50年)5月当時の甘いマスクの増位山関。

輪島vs増位山1974年(昭和49年)五月場所)

輪島と増位山の対決は、28ー7で輪島が強い。

増位山vs輪島 1980年(昭和55年)一月場所)

輪島の力士としての晩年ともいえる、1980年(昭和55年)に増位山が3勝している。

増位山は、31歳で史上初の親子大関になる

 (1776719)

1980年(昭和55年)2月、3月場所の新番付を見る増位山。
大相撲 古今 男前番付:時事ドットコム (1776650)

1981年(昭和56年)3月12日、増位山は、大関を7場所つとめ、引退した。
その他:My Favorite Things:So-netブログ (1776771)

元増位山の三保ヶ関親方は、1984年先代の父定年により、三保ヶ関部屋を継承、現在に至る。相撲協会監事・審判部副部長を務める。

「角界一の美声」と言われた、増位山

部屋の打ち上げでカラオケを歌う増位山の美声を聴いた、父親(初代増位山、9代目三保ケ関親方)の友人で演芸評論家の小島貞二故人)が「レコードを出さないか」と声をかける。
そして、音楽プロデューサーの曽根一成のプロデュースにより、歌手デビューが決まる。

1974年(昭和49年)8月に120万枚以上を売り上げるミリオンセラーとなる、3曲目のシングル「そんな夕子にほれました」をリリースした。作曲は「いろは恋唄」の山路進一。作詞が初代林家三平師匠のおカミさんで知られる、海老名香葉子。
1977年には「そんな女のひとりごと」で130万枚の大ヒットを記録した。
 (1776722)

1979年(昭和54年)に発売されたシングルレコード「男の背中」のジャケット。
日本人離れした鼻から顎のライン、彫刻のような端正な横顔を持つ相撲取り、増位山 太志郎。

甘いマスクに相撲の張り手とか、突っ張りを受けて、鼻とアゴは大丈夫だったのか。
増位山の歌う楽曲は、石原裕次郎「ブランデーグラス 」や 中条きよし「うそ」に代表されるムード歌謡と呼ばれた。
我が青春の名曲237 増位山太志郎「そんな女のひとりごと」 今日も元気です/ウェブリブログ (1776775)

増位山太志郎「そんな女のひとりごと」が大ヒットする。

1977年(昭和52年)8月に発売した「そんな女のひとりごと」(作詞:木未野奈、作曲:徳久広司)は130万枚の売上を記録.した。

ちなみにあの宇多田ヒカル(当時は専業歌手)の歴代シングル売り上げTOP10の1位のAutomaticが約206万枚、2位の Addicted To Youが 約170万枚。

相撲を取りながら、シングルを130万枚売り上げた増位山はすごいのだ!

  
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