朝青龍の師匠『朝潮』
朝青龍の引退会見時の朝潮(写真右)
『朝潮』といえば、モンゴルウランバートル市出身の元大相撲力士第68代横綱「朝青龍」の師匠として、その名が知られている。朝潮太郎 (4代)は、平成14年初場所後、高砂を継承、7代目の高砂部屋の師匠となった。
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高砂部屋は、明治初期に活躍した初代高砂浦五郎が興し、初代高砂(高見山大五郎)により、高砂改正組が組織される。その後、大山部屋、若松部屋との吸収合併を経て、現在の7代高砂に至り、師匠名は初代高砂の名の「浦五郎」を継承している。その理念は初代から続く「角界の改革の探求」であった。
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朝潮の本名は長岡末弘。1955年12月9日に高知県室戸市で生まれた。
小学校時代の成績は良く、勉強ができた。勉学のために高知市内の中学に志願し越境入学をして、下宿生活を送った。
大きい体と持ち前の親しみやすく明るい性格で「大ちゃん」と呼ばれ、皆から親しまれた。
中学時代から相撲部で頭角を現し、市大会では準優勝の成績を残している。
高校は高知県高知市城北町にある、高知県で最も古い歴史を持つ県立小津高校に進学、相撲部に入部した。その後、近畿大学に進学する。
小学校時代の成績は良く、勉強ができた。勉学のために高知市内の中学に志願し越境入学をして、下宿生活を送った。
大きい体と持ち前の親しみやすく明るい性格で「大ちゃん」と呼ばれ、皆から親しまれた。
中学時代から相撲部で頭角を現し、市大会では準優勝の成績を残している。
高校は高知県高知市城北町にある、高知県で最も古い歴史を持つ県立小津高校に進学、相撲部に入部した。その後、近畿大学に進学する。
大ちゃん、長岡末弘(朝潮)が残した記録
1975年(昭和50年)に西日本学生選手権大会個人優勝、1976年(昭和51年)大学実業団和歌山、大学秋田、大学実業団刈谷大会、西日本学生体重別、全国学生個人体重別重量級個人優勝、アマチュア相撲で2年連続2冠王に輝いた。天皇賜杯では、史上3人目の学生、アマの連覇を達成した。
近畿大学の3年、4年の1976年(昭和51年)と1977年(昭和52年)に全国学生選手権大会個人優勝し学生横綱を獲得。
西日本学生、大学実業団和歌山、大学宇佐、日米ハワイ大会、西日本学生体重別、関西選抜、大学社会人刈谷、2年連続の全国学生選手権、2年連続の全日本選手権と、学生史上最高記録である16タイトルを獲得し、学生、アマの2年連続2冠王の記録を残した。
近畿大学の3年、4年の1976年(昭和51年)と1977年(昭和52年)に全国学生選手権大会個人優勝し学生横綱を獲得。
西日本学生、大学実業団和歌山、大学宇佐、日米ハワイ大会、西日本学生体重別、関西選抜、大学社会人刈谷、2年連続の全国学生選手権、2年連続の全日本選手権と、学生史上最高記録である16タイトルを獲得し、学生、アマの2年連続2冠王の記録を残した。
当時の長岡(朝潮)は近畿大学で教員免許を取ろうとしていた。しかし相撲を優先すると教育実習ができないために断念したという。
学生横綱とアマチュア横綱
日本相撲連盟などが主催する全国学生相撲選手権大会の個人戦の優勝者に贈られる称号である。学生横綱を取得した場合には、大相撲において幕下15枚目格の幕下付出の資格を取得することができる。
アマチュア横綱(アマチュアよこづな)とは、日本相撲連盟が主催する全日本相撲選手権大会の優勝者に贈られる称号である。アマチュア横綱を獲得した場合には、大相撲において幕下15枚目格の幕下付出資格を取得することができ、加えて同年度内に全国学生相撲選手権大会(学生横綱)、全日本実業団相撲選手権大会(実業団横綱)、国民体育大会相撲競技(成年男子A)(国体横綱)のいずれか1つ以上優勝していた場合は、幕下10枚目格の幕下付出資格を取得することができる。
学生とアマチュアの横綱を連続獲得して、大相撲入りした長岡(朝潮)
1978年3月「今度はプロの横綱を目指します」と高砂部屋に入門する。
当時の兄弟子は、富士櫻。そして初めての外国人関取のアメリカ合衆国ハワイ出身の「高見山」(高見山大五郎)がいた。
当時の兄弟子は、富士櫻。そして初めての外国人関取のアメリカ合衆国ハワイ出身の「高見山」(高見山大五郎)がいた。
1978年3月場所春場所に幕下付け出し60枚目で、学生横綱の長岡(朝潮)はざんばら髪で初土俵を踏んだ。
幕下と十両を2場所ずつで通過し、4場所で入幕。新入幕した5場所目の九州場所も長岡(朝潮)は9勝6敗と勝ち越しをきめた。
幕下と十両を2場所ずつで通過し、4場所で入幕。新入幕した5場所目の九州場所も長岡(朝潮)は9勝6敗と勝ち越しをきめた。
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長岡(朝潮)ちょんまげを結えないまま、新入幕で勝ち越した。
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三賞受賞最短記録を更新した朝潮(長岡)
大相撲の三賞とは?
横綱、大関以外の幕内力士に送られる賞で、昭和22年秋場所から実施されている。
殊勲賞(横綱や大関に勝ち、勝ち越した力士)、敢闘賞(敢闘精神溢れる相撲を取り、勝ち越した力士)、技能賞(優れた技能を発揮し、勝ち越した力士)。
殊勲賞(横綱や大関に勝ち、勝ち越した力士)、敢闘賞(敢闘精神溢れる相撲を取り、勝ち越した力士)、技能賞(優れた技能を発揮し、勝ち越した力士)。
朝潮(長岡)は、大相撲に入幕した1979年(昭和54年)の入幕2場所目1月場所で大関貴ノ花を破り、初めて三賞の一つの敢闘賞を受賞する。
その後、殊勲賞10回、敢闘賞3回、技能賞1回を獲得し、三賞14回受賞は史上1位を記録した。
その後、殊勲賞10回、敢闘賞3回、技能賞1回を獲得し、三賞14回受賞は史上1位を記録した。