2017年1月16日 更新

タレントとしても人気だった蔵間!42歳の若さでこの世を去った

本名、蔵間龍也。妻は女優の渡辺やよい。大関候補と期待された滋賀県出身の力士。最高位は西関脇だった。引退後はタレントとして、相撲の優勝予想などで人気を博した。難病により42歳の若さでこの世を去った。

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蔵間 プロフィール

本名は蔵間龍也(くらま たつや)。
1952年12月16日生まれ。滋賀県野洲郡野洲町(野洲市)出身。
最高位は西関脇。

引退後はタレントとして活躍。妻は女優の渡辺やよい。
著作に『大相撲を101倍楽しむ法』、『大相撲ウソホントの新発見』、『まわしだけが知っている』などがある。
”土俵の華”こと蔵間

”土俵の華”こと蔵間

【個人データ】
・身長:188cm
・体重:140kg
・BMI:39.61

【所属部屋】
時津風部屋

【時津風部屋】
左四つ、寄り、吊り、上手投げ

【現役時代】
・初土俵:1968年9月場所
・入幕:1976年7月場所
・引退:1989年9月場所

蔵馬 来歴

鉄工所を経営する祖父、ジャーナリスト(新聞記者)の父のもとに生まれました。
優しく、のんびりとした性格でしたが、恵まれた身体と天性の運動センスにより、近江八幡工業高校時代はラグビー部に所属し、セカンドローとして活躍する他、かじる程度にやっていた柔道でも2段の腕前でした。

ある日、その柔道の賞状を受けとるために講道館近江八幡支部を訪れた時のこと。当時支部長であった吉田正太郎氏がその才覚を見込んで、時津風親方(双葉山)へ「いい青年がいる」と速達で連絡をされました。

連絡を受けた時津風親方は枝川親方(北葉山)をスカウトとして送り、勧誘を受けた蔵間関はそのまま時津風部屋へ入門することとなったのです。力士「蔵間」の誕生です。
蔵馬

蔵馬

初土俵は昭和43年9月でした。初期の頃は突っ張りを軸に相撲を取っていましたが、体重が少ない内は相手に残されて負ける場合も多く、負け越しは少ないものの4勝3敗できわどく勝ち越す場所が多くありました。

もともと淡白な性格で勝負執念を露にして取るタイプではなく、大勝もしないため、出世もそれほど速くなく、実力はあるがマイペースな力士であると評されることが多かったようです。またラグビーをしていた影響で、スクラムの癖が弱点となり、直すのに苦労をしたという話も残っています。

そんな蔵間関でしたが、昭和51年7月に力士不作の地といわれる滋賀県においては大正11年1月に入幕した伊吹山以来の幕内力士として地元を大いに盛り上げてくれました。
取り口も次第にスケールの大きなものに変わり、得意の形で横綱・大関に地力を見せ、善戦することも多々ありました。

もともと柔軟な体と素質の良さには定評があり、昭和53年1月に2大関を破って10勝を上げ、敢闘賞を受賞した時にはいよいよ大関候補が目を覚ましたと騒がれました。
端正な顔立ちも人気があった

端正な顔立ちも人気があった

左四つに組んでからの吊り寄り、右からの上手投げを得意とし、横綱・北の湖には17戦全敗と一度も勝てなかったが常に長い相撲で苦しめ、千代の富士(のち、横綱)には新大関に昇進した場所で勝っている。
しかし、攻めの遅い取り口と執念に欠ける性格のため、上位陣との取組で得意の型となって善戦はしても大きく勝ち越すことがなく「善戦マン」と呼ばれた。腰痛の持病を抱えていたことも大成を阻んだといえる。

1978年(昭和53年)1月場所での10勝が最高で、あとはいわゆる「エレベーター力士」に終始した。

蔵間vs貴ノ花 (昭和53年一月場所)

病気を理由に引退

1989年9月場所前の健康診断で、慢性骨髄性白血病と判明。
当時公式には脾腫による1か月の加療と発表されていたが、9月場所限りで現役を引退し年寄・錣山を襲名。

しかし、病気のため1990年6月に廃業し、相撲協会から去ることとなった。
蔵間

蔵間

昭和天皇に目をかけられていた蔵馬

新入幕の頃は、期待の新鋭だった。相撲好きで知られる昭和天皇も目をかけていた一人だった。天覧相撲の時、説明役についた春日野理事長(元横綱・栃錦)に「蔵間はどうなの?」と尋ね、春日野は「あれは大関になります」と答えた。

しかし、その後勝ちきれない取組が多く、成績が伸びない蔵馬に対して、昭和天皇は「蔵間、大関にならないね」とこぼしたという。春日野は「私は陛下に嘘を申し上げました」と言って謝罪。その後当人を理事長室へ呼んで叱責したという逸話が残っている。
現役時代の春日野理事長(元横綱・栃錦)

現役時代の春日野理事長(元横綱・栃錦)

改名

21年間に及ぶ現役生活中、本名である「蔵間」で相撲を取った。
しかし、名前は龍也→龍矢→龍也→豹牙→竜也と何度も改名している。

また、一度故郷の三上山の異名である「近江富士」への改名が持ち上がった。しかし、ちょうど同じ頃その三上山で深刻な害虫災害が発生、縁起が悪いということで立ち消えになった。
これには地元後援会が「滋賀の近江富士は低い山でスケールが小さい」と猛反発してお蔵入りになったという説もある。
島根県出雲市の酒持田本店でのワンショット

島根県出雲市の酒持田本店でのワンショット

酒蔵に因んで、「蔵間」関に泊まってもらったそう。

タレントとして活躍!

その後タレントに転向。大相撲関係のコメンテーターとして活躍。

ちょうど若乃花、貴乃花の若貴ブームの頃だったこともあって、『ブロードキャスター』などのバラエティ番組でも相撲担当ゲストとしてそのわかりやすい語り口で人気を博した。

一方、その優勝予想は当たらないことで評判で、力士当人から名指ししないでくれと泣きつかれた、などという噂がまことしやかに流れるなどした。番組上で相撲好きで知られるデーモン小暮閣下がキャスターに「優勝予想は?」と尋ねられた際、「蔵間さんが予想していない力士」と返したエピソードもある。予想を外してしまい「約束どおり」と罰ゲームをやらされたこともある。

また、1993年放送の『たかじんnoばぁ〜』(よみうりテレビ)にて病気で年寄(親方)を辞めた事情を明かしている。(中野浩一、角盈男も同席、バーテンダーのトミーズ雅が宥めていた。)
タレントとして活躍した蔵馬

タレントとして活躍した蔵馬

難病と闘った晩年

蔵間が慢性骨髄性白血病におかされているという事実は、彼の家族や親類など、ごく限られた人しか知らなかった。実兄とHLAが一致し骨髄移植は可能だったが、当時の移植成功率を考え、残された時間を有意義に生きる方を選択した。

しかし、1995年(平成7年)1月上旬に急性転化し緊急入院。兄からの骨髄移植手術も考慮された矢先の同年1月26日、慢性骨髄性白血病による急性転化多臓器不全のため、東京女子医大病院にて42歳の若さでこの世を去った。死の数日前、カセットテープに残した「誰からも同情されたくはなかった」という主旨の遺言は多くの人々の涙を誘った。

妻の弥生が綴った蔵間の生涯は、『永遠の千秋楽 蔵間・愛と涙の2500日』として単行本化されている。その後1996年(平成8年)4月には、それを原作としたテレビドラマがTBS系で放送され、蔵間役に渡辺徹、弥生役に名取裕子が起用された。
蔵間弥生著 「永遠の千秋楽」

蔵間弥生著 「永遠の千秋楽」

通算成績と主な受賞歴

通算成績:765勝787敗25休 勝率.493
現役在位:126場所
幕内成績:424勝491敗15休 勝率.463
幕内在位:62場所
三役在位:7場所(関脇1場所、小結6場所)
三賞:3回
敢闘賞:1回(1978年1月場所)
技能賞:2回(1978年3月場所、1981年5月場所)
金星:2個(輪島1個、若乃花1個)
蔵馬

蔵馬

90年代にタレントとして、相撲のご意見番としてテレビに数多く出演していた蔵馬。
一方で、現役時代は期待されながらも、もう少しのところで上位を狙えなかった。

闘病生活は壮絶だったと思われるが、「同情されたくなかった」の一言に精神力の強さを感じた。
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