黄昏の文学 池波正太郎の名作品
2018年2月8日 更新

黄昏の文学 池波正太郎の名作品

昭和半ばから平成にかけて、文化と文学の黄昏とも呼べる時代があった。同じ時代を指して黄金期であったという声もある。あの時代には誰がいたのか。何が書かれていたのか。今回は時代小説の大御所、池波正太郎の作品を取りあげる。

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真田騒動―恩田木工 1956年

 池波正太郎のデビュー作について語られることはあまり無い。
 彼は雑誌にスケッチを投稿していた人であり、劇作家でもあった。

 そういう意味で彼の〝初めての原稿料〟はスケッチの報酬だったのである。
真田騒動―恩田木工

真田騒動―恩田木工

信州松代藩――五代目・真田信安のもと、政治の実権を握り放縦な生活に走った原八郎五郎を倒し、窮乏の極にある藩の財政改革に尽力した恩田木工を描く
 池波正太郎と言えば真田、真田と言えば池波正太郎――と思われている方もきっと多い。
 その先駆けとも言えるのがこの「真田騒動」である。

錯乱 1960年

 《恩田木工》は初期作品でありながら直木賞候補作でもあった。
 褒める選考員がいる一方で、酷評してくる選考員もいる。
 結局彼は「錯乱」で直木賞を受賞するまで、計5回も直木賞の候補となり、落選するということを繰り返すことになる。
錯乱

錯乱

信州松代十万石の藩士堀平五郎は、武骨だが諸事円満な性情で、将棋の駒づくりを唯一の趣味にする、妻女久仁との間には息子がひとりという平凡な人好きのする人物であった。藩祖真田信之にも好かれていたが、一大事が出来した。現藩主の信政が卒倒し、城下は騒然となった。卒倒三日後、信政は没した。死の床にあって信政を悩ましたのは、暴君型の甥、分家の信利の存在であった。はたして愛児への家督は無事に許されるのか…。堀平五郎の目は異様な鋭い光を放っていた。(「錯乱」)―第四十三回直木賞受賞作「錯乱」の他、百姓娘に欲情した信州上田藩士を描く「碁盤の首」、松代藩内抗争事件を描く「刺客」、夜ごと男女交合秘図描きに没頭する火付盗賊改めを描く「秘図」、そして薩摩藩の暴れ者中村半次郎を描く「賊将」の四編を収めた傑作短編集。

浅草御厩河岸 1967年

 いわゆる《鬼平犯科帳》のシリーズ第1作である。
 古い時代、直木賞と芥川賞はいまいち線引きできない時分があり、人気が絶頂に達していない新進気鋭の作家にも直木賞が渡されることがあった。

 だが「浅草御厩河岸」を書きあげる頃、池波正太郎は名実ともに大人気作家のひとりであったはずだ。
鬼平犯科帳

鬼平犯科帳

斬り捨て御免の権限を持つ、江戸幕府の火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)の長官・長谷川平蔵。その豪腕ぶりは、盗賊たちに“鬼の平蔵”と恐れられている。しかし、その素顔は「妾腹の子」として苦労をし、義理も人情も心得ている。昔は大いに遊び、放蕩無頼の限りを尽くしたことも。テレビに舞台に、人気絶大の鬼平シリーズ第一巻は「唖の十蔵」「本所・桜屋敷」「血頭の丹兵衛」「浅草・御厩河岸」「老盗の夢」「暗剣白梅香」「座頭と猿」「むかしの女」を収録。
「浅草御厩河岸」の人気が特筆すべきであったことは、《鬼平犯科帳》シリーズの人気をご覧いただければ説明する必要はなくなるだろう。

剣客商売 1972年

 鬼平犯科帳に引き続き、市井を舞台としている市井ものである。登場人物は武士の宿命からやや外れたところにいる人物が多い。どこか《暴れん坊将軍》の気安さに似ているなと思ってしまうのは私だけだろうか。
剣客商売

剣客商売

勝ち残り生き残るたびに、人の恨みを背負わねばならぬ。それが剣客の宿命なのだ剣術ひとすじに生きる白髪頭の粋な小男・秋山小兵衛と浅黒く巌のように逞しい息子・大治郎の名コンビが、剣に命を賭けて、江戸の悪事を叩き斬る田沼意次の権勢はなやかなりし江戸中期を舞台に剣客父子の縦横の活躍を描く、吉川英治文学賞受賞の好評シリーズ第一作。全7編収録。
 主人公は老剣客、秋山小兵衛――と言ってさしつかえないだろうか。

 何しろ魅力的な人物が多い。息子の秋山大治郎は、息子とは言え立派な成人男性であり、年齢的にはこちらが主人公と言っても構わないはずである。
 だがいささかおとなしい人物で、ちょっと頼りない。

 佐々木三冬という人物もいい。
田沼意次の妾腹の娘。一刀流・井関忠八郎の弟子で、井関道場の四天王の一人などと称された男装の女武芸者。
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