井上陽水の傑作、過ぎた夏の郷愁を誘う『少年時代』
あぁ…あの頃に戻りたい…。
いつになっても何度聞いても、そんな郷愁を感じる名曲『少年時代』。
映画の主題歌として作られた『少年時代』。
作家・柏原兵三の小説『長い道』を藤子不二雄Ⓐが漫画化した作品『少年時代』は、1978年から約1年に渡って『週刊少年マガジン』(講談社)に連載。
1990年、東宝系にて篠田正浩監督で映画化された。
映画 「少年時代」 予告編
藤子不二雄Ⓐによる『少年時代』幻の歌詞
藤子不二雄Ⓐ
1934年3月10日生まれ。小学校の同級生藤本弘と藤子不二雄の名で合作をはじめ、1964年「オバケのQ太郎」が大ヒット。
その後も「怪物くん」「魔太郎がくる」などを生む。
1987年コンビを解消し,藤子不二雄Aと改名。
陽水から「藤子Ⓐが詞を書いたら曲を書く」と言われた藤子Ⓐは「ラララ…君と出会い君と笑い」というハミングと共に始まる自作の詩を作成し陽水に作曲を依頼した。
だが、曲はなかなかできあがって来ず、ついには映画のポスターの印刷にも間に合わない事態となってしまう。
映画関係者からは藤子Ⓐに矢のような催促が為されたが、藤子Ⓐは「漫画家と同じで催促されるのは嫌だろう」と陽水に対して一切催促を行わなかった。
藤子Ⓐが映画関係者からの催促を止めていた間、陽水は全国ツアーを1ヶ月キャンセルしてスタジオに篭り作曲を行っていた。
陽水は同時期に荻野目洋子へ楽曲を提供しており、20枚目のシングル「ギャラリー」のカップリングとして予定していた曲を自身が歌うことに決め、その曲が『少年時代』の基になった。
そうして、陽水から上がってきた歌は、藤子Ⓐが事前に抱いていたイメージ通りの素晴らしい楽曲となっていた。
しかし、藤子Ⓐが提供した歌詞は1行も使われておらず、陽水には「歌詞は使わなかったけど、心はいただきました」と返されたという。
『少年時代』ヒットのきっかけになったソニー『ハンディカム』CM
発売当初はオリコンの週間シングルチャートでも最高20位程度であった。
それから1年経った1991年にソニーのハンディカムCCD-TR105でCM曲に採用された。
郷愁を誘う映像美と「今日は、明日の、思い出です」というキャッチコピーは、まるで『少年時代』のプロモーションビデオのような出来栄えであった。
このCMが流れ始めると陽水の『少年時代』も注目されてオリコン最高4位まで上り詰めた。
ソニー ハンディカム CM 1991年 「孫篇」 曲 井上陽水
ソニーハンディカムCM 30秒×4
ロングヒットとなった少年時代は、夏を代表する曲として毎年売れ続けて1997年7月には日本レコード協会からミリオンセラーに認定された。
2008年に松本幸四郎&市川染五郎親子が出演した『キリンビール』CMソングの起用を受け、8cmシングルの内容のまま12cmシングルとして再発売された。
高倉健 CM 健康家族 にんにく卵黄 「収穫篇」 曲 井上陽水
高倉の生涯最後のCM出演であり、彼が同年11月に逝去して以降も、所属事務所の意向で当面の間このCMが放映された。
「風あざみ」「宵かがり」「夢花火」造語が醸し出す陽水ワールド
キク科の植物アザミに「風あざみ」という品種は存在せず、「アザミ」は元々春の季語。
陽水が歌詞をつけたときに、なぜか『風あざみ』というフレーズが頭に浮かび、植物の「アザミ」には「鬼あざみ」などの多くの種類があるのだから、「風あざみ」もきっとあるだろう…と決定したが、後に調べてみたら存在しなかったという。
2番の歌詞に出てくる「宵かがり」や「夢花火」も同様に陽水による造語である。
陽水が作る歌にはこのような「造語」が散見されており、韻や言葉から連想できるイメージを重視したものであると推測されている。
陽水は自身の作った歌詞について多くを語りたがらない。
歌詞の意味を聞かれた時に「響きのよさで作った言葉で意味はないんだよ。」と答えたりしている。
だが、「知らないことを歌えるっていうのはすごく嬉しい」と述べたり、詳細に調べたことを歌にするのは逆に下品だとも言ったことがある。
辞書で調べながら正しい言葉を繋げていくより、浮かんだ曲のイメージを重視した造語を並べて、聴く人が自由に想像できるようにしたいということだと思われる。
美しい伴奏とメロディーに乗せ陽水の独特な声か発せられた『少年時代』の歌詞は、一つ一つの単語自体の意味がわからずとも、情景が思い浮かんでしまう不思議な力を持っている。
やはり、「この歌はこういう意味だよ」と具体的に表現しないことで、かえって想像力をかき立てられ、歌を聴く人それぞれが自身の思い出を投影できる。
そんな魅力こそが『陽水ワールド』と言われる稀有な世界観の正体なのかもしれない。
脚本:山田太一
製作:藤子不二雄Ⓐ
公開:1990年8月11日
戦時下の昭和19年に富山に疎開した東京の少年と地元の少年の友情と葛藤を描いたドラマ。
公開当時、興行的には大ヒットに至らなかったが、その後日本アカデミー賞をはじめとした様々な映画賞を30部門以上受賞し評価された。