まさに全盛期!80年代の音楽番組
2016年1月19日 更新

まさに全盛期!80年代の音楽番組

今は曲の肝入りで始まったフジテレビ「水曜歌謡祭」が半年で打ち切りになり、多くの音楽番組が深夜帯になるなど音楽番組冬の時代に突入しています。しかし、今から30年以上前、1980年代はまさに音楽番組全盛期と言える時代でした。ランキング上位がこぞって出演するような「まさに全盛期!80年代の音楽番組」を紹介していきます。

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まさに全盛期!80年代の音楽番組

今は曲の肝入りで始まったフジテレビ「水曜歌謡祭」が半年で打ち切りになり、多くの音楽番組が深夜帯になるなど音楽番組冬の時代に突入しています。しかし、今から30年以上前、1980年代はまさに音楽番組全盛期と言える時代でした。ランキング上位がこぞって出演するような「まさに全盛期!80年代の音楽番組」を紹介していきます。
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ザ・ベストテン

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期間:1978年1月19日から1989年9月28日
放送日時:毎週木曜日 21:00 - 21:54(生放送)
放送局:TBS系列
司会:黒柳徹子・久米宏(初代)、松宮一彦・生島ヒロシ・松下賢次(2代目)、小西博之(3代目)、松下賢次(4代目)、渡辺正行・柄沢晃弘(5代目)
歌手の登場方法:ミラーゲート(回転扉)

毎週生放送で、その週のベスト10ソングを紹介すると言う常に旬の歌手がでていたお化け番組。最高視聴率は41.9%を稼いだ。男性司会者が何度となく変わっているが、やはり黒柳徹子と二人でマシンガントークを繰り広げていた久米宏が印象的と言う人も多いはず。

生放送ゆえに放送事故も多数で伝説となっている。
『ザ・ベストテン』(英称:The Best Ten)は、1978年1月19日から1989年9月28日までTBS系列局で、毎週木曜日の21:00 - 21:54 (JST) に生放送されていたTBS製作の音楽番組。全603回放送。

1976年から1977年にかけて放送された『トップスターショー・歌ある限り』の後番組としてスタート。最高視聴率41.9%を記録した。愛称は『ベストテン』『ベッテン』。第11回テレビ大賞優秀番組賞受賞。

毎週生放送で独自の邦楽ランキング上位10曲をカウントダウン形式で発表し、ランキングされた曲を歌手が披露する音楽番組である。番組名はその趣旨からそのまま付けられた。

ザ・ベストテン フェスティバル 83' 1978~1983 128組 - YouTube

出典 youtu.be

ザ・トップテン

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『ザ・トップテン』(THE TOP10)は、1981年4月6日から1986年3月31日まで日本テレビ系列局で毎週月曜日 20:00 - 20:54 (JST) に生放送されていた音楽番組。愛称は『トップテン』であり、この愛称は引き続き後身の『歌のトップテン』にも受け継いでいった。

5年間における放送回数は256回。

毎週生放送で、独自の邦楽ランキング上位10曲をカウントダウン形式で発表し、ランキングされた曲を歌手が披露していた音楽番組。前番組の『NTV紅白歌のベストテン』の公開放送スタイルに、TBS系で放送されていた『ザ・ベストテン』をミックスしたような番組構成であり、その『ザ・ベストテン』と双璧をなす人気番組ともなった。
期間:1981年4月6日から1986年3月31日
放送日時:毎週月曜日 20:00 - 20:54(生放送)
放送局:日本テレビ系列
司会:堺正章、榊原郁恵
歌手の登場方法:エレベーター

スタジオから放送していたベストテンと異なり、渋谷公会堂などのホールから公開放送で行っていた。お客さんがいるためライブ感が売り!初出場した歌手は必ず記念写真を撮影するのが恒例!

日テレだけに、プロ野球中継がない月曜日放送だった!?

早見優 夏色のナンシー ザ・トップテン 第108回 - YouTube

もうすぐトップテン 1983年 4月25日 ザ トップテン 第108回
出典 youtu.be

歌のトップテン

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期間:1986年4月7日から1990年3月26日
放送日時:毎週月曜日 20:00 - 20:54(生放送)
放送局:日本テレビ系列
司会:徳光和夫、石野真子(初代)、和田アキ子、島田紳助(2代目)
歌手の登場方法:観音開きドア

上記の「ザ・トップテン」の後続番組。
司会者が変更になった事、順位発表が過去3週の折れ線グラフになったなどマイナーチェンジはあったが、視聴者は番組が変わった意識は皆無。当時、全盛期だった光GENJIがよく出ていたイメージ!?
それにしても和田アキ子と島田紳助が司会ってドギツイですよね!?

歌のトップテンスペシャル 番宣 1986年 - YouTube

出典 youtu.be

X_紅_歌のトップテン - YouTube

出典 youtu.be

夜のヒットスタジオ

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