6球団による指名
岡田彰布(1979年)、清原和博(1985年)、大場翔太(2007年)、菊池雄星(2009年)、大石達也(2010年)です。
1979年 阪神:岡田彰布(早稲田大⇒阪神)
猛虎打線の一人【岡田彰布】は人望も厚く、関西に期待された人物だった。 - Middle Edge(ミドルエッジ)
競合した他球団の外れ1位指名
ヤクルト → 片岡大蔵(国士舘大)
南海 → 名取和彦(日産自動車)
阪急 → 木下智裕(東海大)
近鉄 → 藤原保行(名城大)
東京六大学野球史に残る記録を次々に樹立した岡田選手に、各球団の岡田獲得競争は過熱した年でした。
1985年 西武:清原和博(PL学園⇒西武)
清原和博(後にKKドラフト事件と呼ばれた失意の西武入団、2年目の対巨人となった日本シリーズでは涙の日本一に)
しかし巨人は早稲田大学進学を表明していた桑田をドラフト1位で強行指名したのでした。
小学生には衝撃的すぎた「さらば桑田真澄、さらばプロ野球」著作・中牧昭二 - Middle Edge(ミドルエッジ)
競合した他球団の外れ1位指名
日本ハム → 広瀬哲朗(本田技研)
中日 → 斉藤学(青山学院大)
近鉄 → 桧山泰浩(東筑高)
阪神 → 遠山昭治(八代第一高)
多くの人々の記憶に残ったPL学園のKKコンビ(清原・桑田)フィーバーでしたが、この年のドラフトでは二人の明暗が分かれてしまうこととなりました。
2007年(大学生・社会人選択) ソフトバンク:大場翔太(東洋大⇒ソフトバンク)
大場翔太(プロデビュー年、東北楽天ゴールデンイーグルス戦でパ・リーグ史上初のプロ初登板で無四球完封勝利、さらに千葉ロッテマリーンズ戦では7者連続三振を含む球団新記録の16奪三振で2度目の無四球完封勝利を記録)
競合した他球団の外れ1位指名
横浜 → 小林太志(JR東日本)
阪神 → 白仁田寛和(福岡大)
日本ハム → 多田野数人(元3Aサクラメント)
巨人 → 村田透(大阪体育大)
2009年 西武:菊池雄星(花巻東高⇒西武)
菊池雄星(2015年、プロ野球一軍戦における左腕史上最速となる157km/hを記録)
全球団との面談終了後に菊池は「どちらも素晴らしいと思いました。今は決めかねているんで、どちらも行きたいのが正直な気持ちで話を聞く前よりも迷っています」と語ったものの、後日「まだまだ自分のレベルでは世界で通用しないと思いました。日本の方全員に認められてから、世界でプレーしたいと思いました。」として日本のプロ野球でプレーすることを表明。
競合した他球団の外れ1位指名
阪神 → 二神一人(法政大)
ヤクルト → 中沢雅人(トヨタ自動車)
中日 → 岡田俊哉(智弁和歌山)
楽天 → 戸村健次(立教大)
後年のインタビューでは、一人っ子だったことで母親の「関西に帰ってきて欲しい」との思いを汲んでの考えだったこととされています。