清原和博 オリックス時代 想い続けた「あと1本、ホームランが打ちたい」そして引退!!
2019年8月13日 更新

清原和博 オリックス時代 想い続けた「あと1本、ホームランが打ちたい」そして引退!!

清原和博の最後の戦い。大手術後、パワーを失ってしまった肉体。でも想い続けた「あと1本、ホームランが打ちたい」引退試合で、王貞治から贈られた花束と言葉!

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2008年7月29日、桑田は8月3日に1軍復帰が決まった清原のバッティングピッチャーを買って出た。
パイレーツのユニフォームを着てスカイマークスタジアムのマウンドに立った桑田は、引退後もこの日のために毎日、ピッチング練習を続けてきた。
オリックスのユニフォームでバッターボックスに立った清原も、大きな手術とリハビリと練習を経てつくってきた体で渾身の力でバットを振った。
何球目かに清原が打ち返したライナーが桑田の左足を直撃。
しかし桑田はポーカーフェイスで投げ続けた。
31球のバッティング練習の後、2人は真剣勝負を行った。
初球はボール。
2球目、ファール。
3球目、空振り。
4球目、ファール。
5球目、ファール。
6球目、桑田の真ん中高のストレートを清原は空振り三振。
2人は歩み寄り、マウンドとバッターボックスの真ん中で抱き合った。
2008年8月2日、清原は会見を開いた。
「もう来年はグラウンドに立てないだろうと思います」
そして8月3日、1軍に合流。
7回に代打で出て空振り三振に終わった。
手術して痛い思いをして、長いリハビリを経て、やっとグラウンドに戻ったが、みるのがつらいほどバットに力がなかった。
「まぐれでもいいからあと1本、ホームランが打ちたい」
毎試合、5回が過ぎると座薬を入れ、痛み止めの薬を飲み、ベンチ裏で素振りをして、いつでも代打に出られるように準備した。
そして打席に立てばホームランを狙った。
しかし1軍に復帰して2ヵ月間、ヒットも2塁打も打ったが、ホームランは打てないまま、10月1日のシーズン最終戦を迎えた。

最終戦

清原と王、がっちりと・・・・・

2008年9月29日、オリックスは西武戦で延長戦の末に勝利し、11年ぶりの2位、初のクライマックスシリーズ進出を決めた。
そして10月1日に京セラドーム大阪で行われたリーグ最終戦は、清原の引退試合となった。
相手は王貞治が率いるソフトバンクだった。
試合前、清原は王から花束を贈られた。
王は23年前のドラフト会議のとき、巨人の監督。
西武時代、清原は毎年自らの年度ごとの通算本塁打数を王のそれと比較していた。
子供のころからの憧れとドラフト以来の憎しみが入り乱れた存在だった。
「生まれ変わったら必ず同じチームでホームラン競争しような」
そう王に耳元で囁かれたとき、清原の心の奥にあった氷が溶けてなくなった。
(王さんは、あのことをずっと思っていてくれたんだ)

【清原引退試合】現役最後のヒット (第3打席)

清原は、4番・DH(指名打者)」で約2年ぶりの先発出場。
試合前、痛み止めの薬を飲み、坐薬を入れてグラウンドに立った。
ソフトバンクの杉内俊哉は、清原に対し容赦ないて全力投球で勝負にいった。
2回裏、清原の第1打席は、3球目を打ち上げライトフライ。
4回裏、第2打席は、1死1塁、カウント2-1から140㎞/hのストレートを空振り三振。
その直後、ローズの40号ホームランでオリックスが2点先取。
6回裏、阿部真宏のタイムリーで3対1となり、なお1死1塁の場面で、清原はカウント2-1からタイムリー2塁打を決めた。

【プロ野球】清原和博 現役最終打席

8回裏、最終打席となった第4打席。
清原は2-2からフルスイングで空振り三振した。
西武、巨人、オリックスを渡り歩き、22年間で、2122安打、525ホームラン、1530打点。
しかし首位打者、最多本塁打、最多打点、三冠王などのタイトルは無く
1番三振したバッター(1955回)
1番デッドボールを受けたバッター(196球)
1番サヨナラホームランを打ったバッター(12本)
というプロ野球最多記録、そして多くのエピソードや感動を残した。
オリックスが4対1で試合に勝利した後、引退セレモニーが行われた。
長渕剛が「とんぼ」を熱唱。
清原は直立不動で聞き入った。
2人の息子から小さな花束を受け取り、グラウンドを1周。
ホームベースで選手の輪に吸い込まれ5度宙を舞った。

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