「トヨタ×GM」所ジョージを前面に起用した広報戦略、さらには異例ともいえた低価格戦略(最安では新車価格149.9万円~)を採ったトヨタ・キャバリエ。
にもかかわらず、トヨタユーザーの心を掴むには至りませんでした。結局販売開始から4年の2000年4月にて輸入は打ち切りとなりました。
にもかかわらず、トヨタユーザーの心を掴むには至りませんでした。結局販売開始から4年の2000年4月にて輸入は打ち切りとなりました。
年間販売目標台数の2万台に対し、1996年以降の累計販売台数は3万6228台にとどまるなど販売は思うように振るわず、2000年には当初予定していた5年間の販売計画を前倒しして、同年4月12日を以って日本国への輸入そのものが終了した。当時のトヨタ店セダンラインアップを考えるとCD~Dセグメントセダンはすでに飽和状態(ただでさえカリーナがいるのに1998年のカリーナED販売終了とブレビスデビューの間は僅か3年しかなく、さらにその間には初代プリウスまでデビュー。その上他系列にはいわゆる『マークⅡ3兄弟』やカムリ/ビスタといった強力なライバルもいる。)で、クーペ(こちらも販売店的にはソアラ、「お手軽なクーペ」と言う意味では他系列扱いとなるがセリカ/カレンやレビン/トレノ、MR2とバッティングする)ともども元から居場所がなかったといえなくもない。
ファミリーカーから派生したエキサイティング&ドレッシー『カリーナED』の魅力 - Middle Edge(ミドルエッジ)
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つっと 2018/4/15 06:44
4枚ドアは現代のスズキ キザシ よろしく、かなりの数が機捜の覆面派パトとして出回っていた気がしますね~。奇抜な色でも当時のTL型アンテナで一発バレバレでした!