松井章圭  華麗な技と不屈と精神を併せ持った天才空手家
2019年3月4日 更新

松井章圭 華麗な技と不屈と精神を併せ持った天才空手家

「一撃必殺」 数ある格闘技・武道団体の中でも超硬派に最強を追求し続ける極真空手。 独特の厳しい稽古により数々の猛者が排出されたが、中でも松井章圭は異色の存在。 突き(パンチ)と下段回し蹴り(ローキック)だけでなく、上段回し蹴り、中段回し蹴り、後ろ回し蹴りを多用する華麗な組手。 無表情な中にも、内に秘めた激情。 黒澤浩樹など科学的なトレーニングによるアスリート型の空手家が台頭していく中で、武道的、武術的な空手の強さを追求し体現した。 最年少黒帯。 最年少全日本大会出場。 全日本大会連覇。 100人組手完遂。 世界大会優勝。

23,972 view
3回戦も合わせ技で相手をひっくり返した。
(勝ったな)
油断した瞬間、相手の中段後ろ蹴りが脇腹にめり込んでだ。
判定で勝ったものの右の肋骨2本を折られた。

肋骨が折れても 松井章圭 VS 七戸康博  Akiyoshi Matsui VS Yasuhiro Shichinohe kyokushin

勝たなければベスト8に入れず、世界大会には出られない4回戦。
相手は、185㎝100㎏、その攻撃の破壊力は怪物と恐れられた七戸康博だった。
巨体が松井章圭を圧する。
(気持ちだ)
松井章圭は踏みとどまって下段回し蹴りを連打した。
下段回し蹴りをもらい続け後退した七戸康博にとどめの右下段回し蹴りで「技あり」をとった。
直後に本戦が終了し、松井章圭は勝った。
しかし5回戦は棄権した。

Kyokushin Karate 極真空手 第3回全世界 松井VSバリエントス

1984年1月20~22日、第3回世界大会が、92ヵ国、207名の選手が集い開催された。
大会前、松井章圭は、大山倍達に懇願した。
「大韓民国代表として出場させてください」
(プロ野球の張本勲のように、自分の民族を明らかにした上でチャンピオンになれたら、在日の人や日本人にとって本当の意味で有益な人間になれる)
しかし大山倍達はそういって許さなかった。
「いずれわかるときがくる」
松井章圭は世界大会の出場申込書に
本名「文章圭」
本籍「大韓民国」
と記し提出した。
しかし大会パンフレットとには
「松井章圭」
「東京」
と印刷された。
(自分が日本代表として責務を果たさなければ申し訳ない。)
20歳の松井章圭は、複雑な思いを誰にも打ち明けず世界大会に出場した。
大会初日、1回戦を左中段突きで1本勝ち。
大会2日目、2回戦を判定勝ち。
3回戦、反則勝ち。
4回戦、左下段回し蹴りで1本勝ち。
大会3日目の最終日、ベスト16に残った日本人は、中村誠、三瓶啓二、田原敬三、大西靖人、増田章、そして松井章圭の6名だった。
松井章圭は、5回戦でアンディ・フグと対戦し下段回し蹴りを連発し圧勝した。

最初で最期の対決! 松井章圭 VS 大西靖人  Akiyoshi Matsui VS Yasuto Onishi kyokushin

準々決勝の相手は、大西靖人。
松井章圭が肋骨を折って棄権した前回の全日本大会の優勝者だった。
「魔王」「魔人」などといわれた大西靖人は、183㎝、89㎏、ベンチプレス186㎏、スクワット290㎏を挙げ、5回戦で肋骨を5本折られていたが、笑いながら試合場に上がった。
その下段回し蹴りを受けて、松井章圭は骨を潰されるような衝撃を感じた。
さらに大西靖人は、膝蹴りを連打、さらに間合いが詰まるとボディへのフックを打ち込んだ。
蹴りを返され倒された松井章圭は、立ち上がり、大西靖人をにらんだ。
大西靖人の右下段回し蹴りから左のボディフックで松井章圭の体はくの字に曲がり宙に浮いた。
本戦は、大西靖人の猛攻を松井章圭が必死に耐えて引き分け。
延長戦に入ると大西靖人は失速。
松井章圭もダメージが大きく攻められない。
再延長戦になると大西靖人の動きはさらに衰え、松井章圭の技にも力がなかった。
「オッシャー」
3度目の延長戦に入り、大西靖人は気合を入れ攻撃を開始。
しかしそれも10秒だけだった。
それ以降は松井章圭の攻撃を受け続けた。
こうして松井章圭は判定で勝った。

松井章圭 VS アデミール・コスタ  Akiyoshi Matsui VS Ademir S.F.Da Costa kyokushin

準決勝の相手は、2戦2敗の三瓶啓二だった。
試合は三瓶得意の相撲空手になったが、松井章圭は真正面から打ち合った。
本戦、延長戦は引き分け。
「オラァ」
再延長戦で松井章圭は気合を入れた、判定で負けた。
その後、3位決定戦でアデミール・ダ・コスタに判定勝ちし3位になった。
結局、松井章圭は試合で三瓶啓二に勝つことはできなかったが、極真会館の2代目館長になった後、再び対峙することになる。

vs 黒澤浩樹

Kyokushin Karate 極真空手 第16回全日本決勝 黒澤VS竹山

1984年11月3~4日に行われた第16回全日本大会に、松井章圭はケガで出場できなかった。
そしてこの大会では、黒澤浩樹という新ヒーローが誕生した。
全日本大会初出場の黒澤浩樹は、一撃必殺の下段回し蹴りで初優勝を果たした。
マスコミは、無表情のまま次々と相手を倒していく黒澤浩樹を「格闘マシン」と名づけた。

kyokushin karate 黒澤浩樹の凄まじいウェイトトレーニング

黒澤浩樹を最強の敵と認めた松井章圭は、その対策を始めた。
まずパワーアップだった。
松井章圭と黒澤浩樹は、同年齢で、体格もほぼ同じ(174cm、80㎏)だった。
しかし黒澤浩樹は、ベンチプレス189㎏、スクワット280㎏を挙げるのに対し、松井章圭は、ベンチプレス130㎏、スクワット175㎏だった。
これまで低負荷×高回数で行っていたウエイトトレーニングを、高負荷×低回数に変えた。
(前者はフォーム習得や筋肥大に、後者はパワーアップに有効なやり方といわれる)
また技術的には、黒澤浩樹の攻撃のリズムが単調であることに注目した。
「あの下段回し蹴りは脅威だがまともにもらわなければいい」
と黒澤浩樹が蹴りを繰り出すタイミング、角度などを研究し、それに技を合わせていく合わせ技を練習した。
また精神的な面でも、大西靖人、増田章、黒澤浩樹は、みんな山田雅稔の指導を受ける城西支部の所属だが、
「彼らの弱点は自己肯定的性格、自己評価の高さにある」
とみていた。
「彼らは自信家であるが故に、相手を尊重せず、自分本位の試合展開のみに終始してしまうという罠に陥る危険性がある」
と考えていた。

昭和60年 極真 第17回全日本選手権大会 {優勝 松井章圭}The 17th All-Japan karate tournament in 1986. Kyokushin Karate

1985年11月3日、第17回全日本大会が開催された。
前年度チャンピオンの黒澤浩樹は、さらにパワーアップしていた。
1回戦、1分17秒で1本勝ち。
2回戦、1分19秒で1本勝ち。
3回戦、本戦で判定勝ち。
4回戦、2分25秒で1本勝ち。
準々決勝、1分16秒で1本勝ち。
準決勝、1分11秒で1本勝ち。
決勝まで、6戦中1本勝ちが5つ、すべての試合を本戦で決め、延長戦はなかった。

極真アーカイブス 第17回 全日本 1回戦 松井章奎vs吉岡智

対する松井章圭は、1回戦を本戦で判定勝ち、2回戦、本戦で判定勝ち、3回戦、本戦で判定勝ち。

堺貞夫VS松井章圭

4回戦で自分より小柄な堺貞夫と対戦。
楽勝かと思われたが大苦戦。
「なぜ攻めている松井の勝ちじゃないんだ?」
と大山倍達が審判を入れ替えるハプニングもあり、2度目の延長戦で判定勝ちした。
もし体重判定にもつれこめば負けていた。
141 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • コメントはまだありません

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

松井章圭 極真の継承者

松井章圭 極真の継承者

世界大会でアンディ・フグに勝って優勝した後、選手を引退。 やがて大山倍達とケンカ別れして極真を飛び出した。 ‘‘イトマン事件‘‘を起こした許永中、``政界最後のフィクサー``と呼ばれた福本邦雄のもとで働き、3年後、復帰。 大山倍達の死後、極真会館の2代目館長に指名されるも、先輩や後輩である支部長たちと内紛が起こり、極真は分裂した。 一見、クールだが1番ガンコな松井章圭館長は、自らの信じる方向に進み、道を拓いていった。
RAOH | 51,995 view
黒澤浩樹  圧倒的な空手家  驚異の下段回し蹴り 格闘マシン  ニホンオオカミ 反骨の戦士

黒澤浩樹 圧倒的な空手家 驚異の下段回し蹴り 格闘マシン ニホンオオカミ 反骨の戦士

他の一切を拒否し「最強」を目指すことのみに生きた男。 敵の脚と心をへし折る下段回し蹴り(ローキック)。 ルール化された極真空手の試合においても、ポイント稼ぎや体重判定、試割判定で無視し、倒すこと、大きなダメージを与えることを目指す姿は、まさに孤高のニホンオオカミ。 また指が脱臼し,皮だけでぶら下がっている状態になったり、膝の靱帯が断裂しグラグラになっても、絶対に自ら戦いをやめない格闘マシン。 総合格闘技やキックボクシング(K-1)への挑戦し戦い続けた反骨の戦士。 黒澤浩紀は、最期まで退くことを知らず死んでいった。
RAOH | 50,102 view
【空手家】八巻建志(前編) ~それはふざけた兄が入れたソリコミから始まった~

【空手家】八巻建志(前編) ~それはふざけた兄が入れたソリコミから始まった~

その肉体、その身体能力、その空手は圧倒的。極真空手の全日本大会と世界大会で優勝。100人組手という荒行も達成した。しかしその格闘技を始めたきっかけは、兄がふざけて入れた剃り込み、そしてイジメに対する報復だった。
RAOH | 55,594 view
角田信朗  冷徹なリングでモロに感情を露出させる愛と涙と感動のファイター!

角田信朗 冷徹なリングでモロに感情を露出させる愛と涙と感動のファイター!

K-1や空手のトーナメントでの優勝経験ナシ。 なのに正道会館の最高師範代であり、メディアへの露出度も多い。 特筆すべきは彼の試合は、その人間性や感情があふれ出てしまうこと。 これは選手としても、レフリーとしてもそうで、インテリとむき出しの感情を併せ持つ愛と涙と感動の浪花男なのである。 最近、ダウンタウンの松本人志との騒動が話題になり、角田信朗の人間性を批判する人もいるが、私はその批判している人の人間性を疑っています。
RAOH | 21,285 view
【空手家】八巻建志(後編) ~俺の前に立ったら30秒と立たせておかない~

【空手家】八巻建志(後編) ~俺の前に立ったら30秒と立たせておかない~

極真空手の全日本大会で初優勝した八巻建志 は、自分は日本一、世界一強いと思った。 しかしその後、バイク事故で彼女に大ケガを負わせてしまう。 以後、5年間、地獄をさまよった後、復活し、2度目の全日本大会優勝、100人組手達成、世界大会優勝。 最強の空手家となった。
RAOH | 115,127 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト