話題の人!舛添元都知事が出演していた頃のTVタックルメンバー
2016年7月28日 更新

話題の人!舛添元都知事が出演していた頃のTVタックルメンバー

日本政治史に残る厚顔無恥ぶりを発揮した舛添要一元東京都知事。そんな舛添氏が世に知れ渡るきっかけとなったのが、テレビ朝日「ビートたけしのTVタックス」。そこで、ここでは舛添氏が出演していた頃のTVタックルメンバーを振り返ってみましょう。

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コメンテーター:舛添要一

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今や時の人の舛添要一。TVタックル出演によって、国際政治学者として知名度を上げていった。
田嶋陽子との論争では、時に女性蔑視の発言も行い、本性を見せていた。ただ、今のイメージとは異なり、庶民の味方的な発言が多く、国民を欺いていた。
舛添 要一(ますぞえ よういち、1948年〈昭和23年〉11月29日 ‐ )は、日本の国際政治学者、政治家である。株式会社舛添政治経済研究所所長、一般社団法人地域経済総合研究所評議員。

参議院議員(2期)、参議院自由民主党政策審議会長、厚生労働大臣(第8・9・10代)、新党改革代表(第2代)、東京都知事(第19代)などを歴任した。

コメンテーター:田嶋陽子

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舛添要一最大の好敵手。徹底的に女性の地位向上を目指す女性の味方の論客。ただ、同じ女性からも非なる意見が多く、いつも賛否両論巻き起こる。
田嶋 陽子(たじま ようこ、1941年(昭和16年)4月6日 - )は、日本の女性学研究家、フェミニスト、英文学者(元大学教授)、タレント、歌手。元参議院議員(1期)。大学院博士課程単位取得満期退学(公式HPでは「修了」)。

コメンテーター:浜田幸一

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政治的テーマの論争の主役と言えば、この人。今の時代、現役政治家でここまでテレビではじける事ができる政治家はいないでしょう。さすが政界の暴れん坊の名を欲しいままにしていた。
浜田 幸一(はまだ こういち、1928年(昭和3年)9月5日 - 2012年(平成24年)8月5日)は、日本の政治家、タレント。株式会社YAMATO名誉顧問。

自由民主党の衆議院議員として通算7回の当選に及び、衆議院予算委員長、自由民主党広報委員長、自由民主党副幹事長などを歴任したが、閣僚経験は得られないまま1993年(平成5年)に政界を引退した。

「ハマコー」の愛称で知られ、また、「国会の暴れん坊」「政界の暴れん坊」の異名をもつ。政界引退後は「政治活動家」と自称していたほか、テレビ番組 『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日)では、「悪党党幹事長」を名乗っていた。

コメンテーター:三宅久之

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日頃は温和ながら、瞬間湯沸かし器で、沸騰するとハマコーばりに暴れて、手が付けられなかった。ハマコーのライバルはやはりこの人!
三宅 久之(みやけ ひさゆき、1930年(昭和5年)1月10日 - 2012年(平成24年)11月15日)は、日本の政治評論家、コメンテーター。元毎日新聞記者。

コメンテーター:篠原勝之

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レギュラーで出演していた鉄のゲージツ家。上記のような個性的すぎるコメンテーター陣に囲まれ、下記のヒロミとともに、どちらかと言うと、バラエティ番組としての砦だった。
篠原 勝之(しのはら かつゆき、本名同じ、1942年4月15日は、日本の芸術家、作家、タレント。自らを「ゲージツ家」と称している。愛称は「クマさん」。別名「KUMA」。

北海道札幌市生まれ、室蘭市育ち[5][6]。北海道室蘭栄高等学校卒業。武蔵野美術大学中退。

血液型B型[2]。趣味は剣道。KUMA's FACTORY(クマズファクトリー。1986年設立)所属。
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