西川のりお  それは高3の夏休み、同級生からの1本の電話で始まった。
2023年8月21日 更新

西川のりお それは高3の夏休み、同級生からの1本の電話で始まった。

西川のりおの師匠は、なんと西川きよし。超マジメで超厳しいが一生ついていきたいきよし師と超メチャクチャで超面白い、でもついていけないやすし師。強烈な師匠に挟まれ、育まれた過激な弟子時代。

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ロビーに入ると少し離れた場所から
「よっしゃ行こか。
阪神の方が早いやろ」
「よっしゃ」
という声がして、やすしきよしが近づいてくる。
前を通り過ぎるとき、西川のりおは
「さっき観ました」
と声をかけた。
西川きよしは移動を続けながらも
「どうもありがとうございます」
それに対し
「キー坊、こっちや」
という横山やすしは、舞台とは程遠いシカメッ面だった。
「キヨシのこと、ヤスシはキー坊と呼んどったな」
西川のりおはつぶやきながら、出演者が客と同じ出入口を使って楽屋入りするのがわかり、
(ひょっとしたら・・・)
とほくそ笑んだ。
そして田中に
「明日も花月来うへん?」
「明日来て何すんねん」
「やすきよにあって声かけるねん」
「フーン、ホナ来よか」
田中は仕方ないヤツやという顔でOKした。
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大阪駅から電車に乗らず、天満駅に向かって歩いた。
時間は19時を過ぎ、暗い中、西川のりおはとりつかれたようにやすきよの漫才についてしゃべった。
話足りず別れるのがイヤだったので天満駅の手前にある公園でしゃべっていると田中が
「サイン、ハッキリ出してくれなわからへんがな」
と横山やすしのセリフをいった。
「・・・・・・・」
西川のりおは言葉が出ない。
「しゃがんでキャッチャーになったらエエねん」
という田中に従い、キャッチャーになり、田中のリードでやすきよ漫才を再現。
ネタを完全に覚えている田中に驚きつつ
「俺もやれるんじゃないか」
と思った。
「18歳の夏の夜、生まれて初めて漫才をした。
晩御飯も食べず空きっ腹だったが、夢でいっぱいだった」
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翌日、再び天満駅で集合し、田中と歩いて大阪駅に向かった。
うめだ花月に着くと劇場前にある出演者の出番表を確認。
「12時45分が出番やったら、15分漫才して1時にはここ(正面玄関)に出てくるな」
「多分そうやろ」
しかし13時30分になってもやすしきよしは出てこない。
「なにしてんねんやろ」
「会ってもしゃあないやろ。
会ってどないすんねん」
「昨日あんだけ、俺らやすしきよしとやりとりして笑わせたんや。
憶えてるで」
田中が帰りたそうだが、西川のりおは何時間でも待つつもりだった。
「ハッキリいって熱く燃えてたね」
1回目の公演が終わって客がドバっと出てきた。
時間は16時を回り、田中はしゃがみこんでいたが、西川のりおは、まったく疲れを感じていない。
「2回目は4時45分や」
やすしきよしに会うことだけを考えていた。
新しい客を入れて2回目の公演がスタートした。
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「会って声をかけても相手してくれへんし、客とのやり取りなんかイチイチ憶えてへんで」
田中があきらめるよう催促したとき、西川のりおはやすしきよしを発見。
「来たッ!
出てきたで!」
声を上ずらせながら、あわてて出入り口に近づこうとして、しゃがんでいる田中を蹴ってしまった。
「痛っ」
やすきよにどこかに行かれては困るので西川のりおに『ゴメン』をいう余裕は、精神的にも時間的になかった。
そして出て行こうとするやすしきよしに大きな声で
「こんにちは。
昨日花月で1番前に座って声をかけた者ですが」
2人は立ち止まり、横山やすしがメガネの奥で目を細めながら
「なんや」
「昨日客席から安いズボンはいてるなあと声をかけたんですが」
すると西川きよしが
「漫才やってる最中に客席からあんなこというたらツブシや。
漫才がグチャグチャになって他のお客さんに迷惑なんや。
君らだけが客やないんやからな。
しゃべってきたからアドリブでかわしたけど・・・
オチの前に何回かしゃべってきたんやで。
今度からあんなことやったらアカンで」
西川のりおは
『昨日のオモロい子か』
といってホメられると思っていたので、少しビックリしたが、笑顔は崩さず、西川きよしに
「高校生か?」と聞かれて
「ハイッ」
と元気よく返事。
「アルバイトはしてないのか」
「してません」
「花月来る暇あったらアルバイトでもした方がエエんちゃうか」
西川のりおは意を決し、
「弟子になりたいんです。
弟子にしてください」
と気持ちをぶつけたが、西川きよしは
「そんな事、立ち話でする話やない」
と声を凄ませた。
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「キー坊、この子なにいうてんねん?」
横山やすしは、西川きよしにそう聞いた後で
「これからは漫才よりボートの方がエエで」
と西川のりおにいい、
「キー坊、急ごか。
向かい側のタクシーに乗った方がエエ。
進行方向やからな」
といって横断歩道へ向かった。
その渡るスピードと動きは忍者のようで、西川きよしは
「そしたら」
といって追った。
西川のりおは、2人が乗ったタクシーがあった場所をしばらく眺めていた。
そして田中に
「やった!
相手にしてもらえたで!」
うめだ花月を去ったのは18時過ぎで6時間以上、滞在していた。
10時に朝食を食べてからで8時間以上、何も食べていなかったが、体に不思議なエネルギーが充満していて、空腹感は全くなかった。
そして別れ際、
「明日も花月行こな」
田中はその勢いに
「そやな」
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それから連日、花月に通い、1日に何度も
「弟子にしてください」
といい続けた。
横山やすしは
「本気かいな。
勝負するっちゅうんかい」
と脈ありだったが、西川きよしは
「君らが思っている世界と違うで。
やめとき」
と繰り返した。
しかし西川のりおは弟子にしてもらうまで通うつもりだった。
ある日、
「毎日来とったなあ」
と横山やすしは優しい目でいい
「ハイッ」
と答えると、
「キー坊やったら、もうちょっとしたら出てくるで。
ほなら」
といって手を振って去っていった。
しばらくすると西川きよしが出てきたので
「お疲れさんでした」
と通っている内に覚えたアイサツ。
すると
「ホンマにやろうと思うてんねんな。
今日は楽日楽日(らくび、最終日)やから、来月、うめだ花月に出てるから、またおいで」
「ハイッ、来ます!」
花月は、うめだ、なんば、京都と3館あり、それぞれ1~10日、11~20日、21日~月末で公演していた。
そういう日程の中で西川きよしは、8月21日に来いといったのである。
そして
「お父さんお母さんには花月来てるこというてんのか」
と聞いた。
西川のりおは、本当はいっていなかったが
「ハイッ、いってます」
とウソをついた。
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60人いるクラスの中で、成績は常にビリから5人以内。
その5人の顔ぶれはいつも同じで互いに
「アホ5人衆」
と呼び合い、仲が良かった。
西川のりおが花月に通い出した夏休み、母親は学校に呼ばれ、要件がわからずとりあえず夏物の着物を着ていったが
「今の状態やったら卒業も厳しいです」
といわれ、帰宅後、
「このクソ暑いのにわざわざお宅の息子さんアホやていわれにいったようなもんや」
と文句をいった。
西川のりおよりもレベルの低い高校に通う田中も、成績は悪かった。
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それからテレビでやすきよをチェックし、
「昨日の前のよりオモロかったな」
「あそこアドリブやろ」
と田中と電話で漫才談義。
西川きよしは23歳で5歳上。
最終学歴中学という苦労人。
横山やすしは、25歳で7歳上。
小学生の頃から天才少年漫才師といわれ、何人か相方を変えて、西川きよしは5人目だった。
西川のりおは、
「きよしの方が、次々と面白いことをいって、やすしの頭を叩いて笑わせる。
だから面白いことをいうのはきよしで、真面目な方がやすしだ」
と分析し、
「どうせ弟子入りするなら面白い方にしよう」
と西川きよしの弟子になろうと思っていた。
田中は西川のりおに
「田中も弟子になるんやろ」
と聞かれ、その勢いにタジタジになりながら
「そうやな、エエで」
と答えた。
「漫才のことは田中の方が詳しかったかもしれないが、今や完全に俺がリーダーになってきていて、ものすごくよい気持ちになっていた」
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8月21日、2人は、西川きよしにいわれた通りにうめだ花月へ。
「アッ、来た!」
西川のりおは、昼過ぎなのに
「おはようございます」
と業界風にあいさつ。
「オッ、来てるやないかあ」
西川きよしは目をむいて少し驚いたように返した。
「ハイッ」
西川のりおは道行く人に西川きよしと話す姿をみられるのがたまらなかった。
「コレ終わったら仕事やねん。
そやからすぐ出ていかなアカンねん」
といって西川きよしは消えた。
続いて横山やすしがスピード感のある歩き方でやってきたので
「おはようございます」
やすしは、一瞬、立ち止まり
「来てるなあ。
お主ら」
といってからスピーディーに去っていった。
そして1回目の舞台が終わると、やすきよは駆け足でタクシーに乗って消えた。
2回目の舞台のために戻ってきた2人に、
「お疲れさんでした」
西川きよしは
「ホンマに芸人なりたいんかいな」
西川のりおは、躊躇せず、
「ハイッ」
「やめといたほうがエエけどなあ」
西川きよしは、そういいながらうめだ花月へ入っていった。
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西川のりおと田中は、うめだ花月通いと1日2回のあいさつと「弟子にしてください」アピールを再開。
5日後、1回目の舞台が終わった西川きよしが、いつものように通り過ぎていくのかと思いきや、
「一緒に来るか?」
「ハイッ」
「ヨッシャ、行いこか」
横山やすし、西川きよし、西川のりお、田中の4人は、タクシー乗り場へ。
後部座席に、まず西川きよし、西川のりお、田中。
横山やすしは、前のの助手席に乗り込んだ。
そして西川きよしが
「スンマヘン、運転手さん。
朝日放送まで行ってもらえまっか」
いうと横山やすしが
「アイアイサー」
西川のりおと田中は爆笑。
「運転手さん、スンマヘンなあ。
やすし君はなんでもボートに置き換えまんねん」
横山やすしは後部座席の西川のりおと田中をみながら
「この子らの前でぶっちゃけられたらかなんな」
「この子らにウケた思て、この言葉、舞台で使うたらどうすんねん。
この男はやりかねん」
西川のりおと田中は、さらに笑い転げた。
福島の朝日放送に着くと西川きよしの顔は引き締まり
「いつまで乗ってるねん。早よ、降りんかい」
と急かした。
そして
「行くぞ」
といって、テレビ局の中へ入り、会う人会う人に大きな声で
「おはようございます」
それに続いて横山やすしは軽く
「おはよございます」
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