西川のりお    超尖った若手時代。怒りと嫉妬を糧にパワフルに走り続けるお笑い暴走機関車。
2023年11月25日 更新

西川のりお 超尖った若手時代。怒りと嫉妬を糧にパワフルに走り続けるお笑い暴走機関車。

いくら時代が変わろうと「安心してみられる」なんて、西川のりおにとってはホメ言葉でも何でもない。言語同断の暴走! 気骨ある叫び! ! 針が振り切れる危なっかしさ!!!

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高3の夏休みに同級生に誘われ、初めて花月にいき、初めて横山やすし・西川きよしの漫才をみて、死ぬほど笑ってしまった西川のりおは、同級生と一緒に弟子入り。
5歳上の西川きよしは、超マジメで超厳しく、一緒にいたくないが一生ついていきたいと思うタイプ。
7歳上の横山やすしは、超破天荒で超面白いが、ついていけないと思うタイプ。
そのギャップに苦しみながら、なんとか弟子を続け、同級生と「淀公一・公二」というコンビでデビューするも1年で解散。
同級生は、あっさり芸能界を辞め、会社勤めを始めたが、目立ちたがり屋で自己顕示欲が強い西川のりおは、芸人になることをあきらめなかった。
すぐに新しい相方をみつけて、横山エンタツ・花菱アチャコの「横」、中田ダイマル・ラケットの「中」を勝手にとって、新コンビ「横中バック・ケース」を結成。
自作のアカペラソング「漫才は楽しいな」を歌ったり、緞帳にぶら下がって引きずり下ろしたり、常々『大事にしろ』といわれているマイクにかじりついたり、カバーを噛みちぎり、相方のケースに
「そんなことしたら感電するで」
とツッコまれると
「俺はもうシビレとるんじゃ!」
クイズネタで無茶苦茶な問題を出し、ケースに
「なんの関係があるんや」
とツッコまれると
「その答えを待ってたんや!」
といって、その顔面を往復ビンタ。
破壊的な漫才で通常とは違う種類の笑いを起こし、
(やった)
と思うが、舞台を降りると怒られた。
西川のりおの型破りな芸風は、ウケるときはウケ、ウケないときはウケないが、とにかくパワフル。
暴走して自滅してしまうこともあるが、芸人を含めて熱烈なファンは多かった。
「僕はアウトローが好きなんですよ。
笑いってね、悪の部分と正義の部分のちょうど狭間なんです。
笑いって裏切りなんですよ。
僕は毒気が大好きですから。
コイツ、ムチャクチャむしよるなというね。
僕はムチャクチャするけど警察にはお世話になってないです。
ギリギリのところを攻めるというのが大事なポイントです」
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しかしケースとはコンビ仲は悪かった。
あるとき舞台でネタがウケず、ケースを客席に投げ落としたところ、今までで1番ウケたがケースが足を骨折。
その入院中、西川のりおは、相方を探し、
「顔の大きさでは勝っているが面白さでは完全に負けている」
という2歳下の上方よしおを見つけた。
上方よしおは、大学受験に失敗し浪人してたとき、松竹芸能の上方柳次・柳太師匠に弟子入り。
「ピンクパンク」「ムチャクチャ」というコンビを経て、「横中バック・ケース」をやっていた西川のりおに
「B&Bの片割れが新しい相方を探しとる」
と島田洋七を紹介され、柳次師匠にも、
「吉本の方が若手はノビノビやれる」
と背中を押され、吉本興業に移籍して、2代目「B&B」を組んだ。
2代目B&Bは、スピード感溢れるしゃべくりととセンスで半年後に第4回NHK上方漫才コンテスト最優秀話術賞受賞し、その後も数々の賞を受賞。
フジテレビのバラエティ番組「オールスター90分」に、学業に専念するために活動を休止したあのねのねに代わってレギュラーに抜擢され、吉本が東京キー局のゴールデンタイムでレギュラーを持ったのは、これが最初といわれている。
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B&Bをみたザ・ぼんちの里見まさとは、
「もうええよ!というくらいの大爆笑に次ぐ大爆笑で圧倒された。
正直、負けたと感じた」
といい、18歳の島田紳助はB&Bの漫才をみて衝撃を受け、島田洋七と同門に入り(島田洋介・今喜多代に弟子入りし)、金魚のフンのようについてB&Bを研究した。
しかし2年後、
「東京で勝負したい」
という洋七に対して、よしおが
「怖い」
と断ったことで仲が悪くなり、最終的に京都花月で大ゲンカして2代目B&Bは解散。
西川のりおも上方よしおも、ちょうど新しい相方を探しているところだったのである。
こうして新コンビ結成かと思いきや一悶着あった。
B&Bをやめたとき、
「よしおは芸能界を引退する」
と受け取っていた島田洋七の師匠、今喜多代が、
「筋を通してない」
と激怒。
のりおの師匠、西川きよしとよしおの師匠、上方柳太が仲に入り、やっとコンビを組むことを許され、「西川のりお・上方よしお」は誕生した。
礼儀、楽屋マナー、漫才のつくり方、やり方、すべてが漫才師らしい上方よしおは、
「9割アドリブ。
予定調和が嫌い。
ドギマギする自分が好き」
と台本完全無視で暴走する西川のりおに正統派なツッコみを入れ続けた。
結局、島田洋七は、B&Bで相方を4度変えたが、よしおと別れた後、一時的に間寛平とコンビを組んだ。
「花王名人劇場」に出演したとき、前座で西川のりおが暴走し、島田洋七と間寛平は、まったくウケず、
「客を温めておくのでなく客を疲れさせた」
と激怒した。
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「西川のりお・上方よしお」は、最初は前座ばかり。
ギャラは、1回1千円で、1ヵ月で10回舞台あって月収1万円。
そこから税金を引かれ、もらえるのは9千円となった。
「少ないギャラから税金とるな。
人でなし」
西川のりおは、そう思いながらアルバイトへ。
そしてアルバイト先から楽屋に向かいながら、
「こんなんでどこが芸人や」
と思った。
「休み多いからテレビ好きなだけ観れるんです。
でも芸人にとってテレビは観るもんやなく出るもん。
ホンマ最低の生活やった。
女引っかけても月9千円じゃなんもできへん。
名前は売れてへんわ、金はないわ、やらしてもらいたいわ、どうすりゃええんじゃいうて、いつも泣いとりました」
テレビばかり観ていてもあきるので散歩に出始めた西川のりおは、最初は10~20分だったが、
「家に帰ってもやることがない」
とどんどん長くなっていき、
「倒れるまで歩いたろ」
と心斎橋、難波、梅田と歩きまくって体調が悪くなったこともあった。
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西川のりおは、舞台でウケると持ち時間は15分なのに30分やった。
スタッフは合図を出してもやめないので、マイクを切り、それでもやめないので緞帳を下げ、西川のりおは、緞帳の前に出てマイク無しで漫才を続けた。
客は、その熱意が伝わって大爆笑。
同期や後輩と飲みに行くと、誰が嫌いかを熱く語り、悪口をいって笑わせた。
ある日、吉本興業から
「日本テレビの『やじ馬寄席』出ることになったで」
といわれ、西川のりおは、よしおと手を取り合って喜んだ。
(ついに運が向いてきた。
会社はオレらを売り出そうとしてる。
俺らはサラブレッドや)
そしてすぐに1歳下のザ・ぼんちのおさむに
「ボクら、日本テレビのヤジ馬寄席出てくるわ」
と自慢。
「どこや?」
「大阪の田舎モンには困ったもんやな。
東京や東京。
後楽園ホールや。
日本テレビ、N、T、V。
よしお君、明日の新幹線は何時だったかね?」
「今晩飲み行こか」
悔し紛れに周りの仲間を誘うおさむをみて、西川のりおは
(勝った)
と思った。
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「一応、座席指定の料金やるから、自由席乗って、余った金で弁当でも買い」
会社にいわれた西川のりおは、その通りにして東京へ。
(ここで一旗あげたる)
と意気込んで東京駅に降り、
「あの、水道橋ゆう駅はどこですか?」
と駅員に低姿勢で聞いて後楽園ホールへ。
入り口で係員に
「どなたですか?」
と聞かれて
「大阪から来ましてん。
吉本です」
「ああ、マネージャーの方?」
「いえ、漫才のモンですが」
「あっ、そう」
と軽くいわれて
(後でみとれ。
大スターになってアゴで使ったる)
と思いながら楽屋入り。
しかしその後、ヤジ馬寄席からも、他の東京のテレビ局からも、そして大阪のテレビ局からも、オファーは来なかった。
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4歳下の明石家さんまとは、昼間からコーヒー1杯で喫茶店に4、5時間居座り、バカ話をしながら外を歩く女性に点数をつけ、夕方になって獲物が増えると、
「パトロール」
に称して、ナンパにいく仲だった。
西川のりおは実家は自転車屋を営んでいて、さんまは、その店舗兼住宅によく泊まっていた。
「さんま、もっと売れたいなあ」
「売れたいですね」
「今はこんなんやけど将来は俺が全国ネットの番組の司会して、お前はパネラーや」
「そうでんなあ、兄さん」
と西川のりおは夢を語ったが、後年、さんまがバカ売れすると
「逆になっとるやないか!」
と怒った。
ちなみに明石家さんまは、3歳上の先輩、ぼんちおさむの家にも泊まったこともあるが、マジメなおさむが夜中、何度も、頭を叩くフリをしながら舌で音を鳴らす練習や、
「オッ、オッッッ、おさむちゃんで~す!」
の練習をして、顔を真っ赤にしてジャンプしまくるため、まったく寝れなかった。
「正直な話、上っ面では『おもろいな、頑張ってるな』といいながら『せやけど俺のほうがおもろい』という気持ちがないと芸人は続けれん。
心底認めたら、やめんとダメ。
今、君らはウケてるかもしれんけど、実は俺のほうがおもろいねんと思わないと。
本心でお前らおもろいな、負けたわいうときは、それはやめるときです。
一応、建前では褒めますよ。
でも本心では褒めてないんです。
尖った気持ちがなくなったら芸人は終わりです」
(西川のりお)
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西川のりおはMr.オクレと一緒に兵庫県西宮市、甲子園の近くにある明石家さんまのアパートに遊びに行ったとき、駅の近くで3匹、1000円のカニ、まんじゅう、ビールを購入。
雨が降る中、歩いてアパートに到着すると入り口で靴を脱ぐスタイルで、住人の靴がたくさん置いてあった。
のりおはすぐに脱いで上がったが、オクレはブーツを履いていたため手間取った。
「遅い。
そんなん履くな」
「これが流行るんや」
オクレは、そういいながらやっと脱いだブーツを持って上がろうとした。
「そこに置いとくんや!」
「盗まれたら困る」
「誰が盗むかい、そんな靴!!」
明石家さんまはカギをかけないので、そのまま4畳半の部屋に入ったが留守。
とりあえず窓を開けようとしたが、木の戸が雨で膨らんで、なかなか開かない。
何とか開けると、今度は雨が入ってきて、今度は閉めるのに一苦労。
西川のりおは
「さんま、はよ帰ってこんかのぉ」
といいながらテレビをつけた。
それは明石家さんまが拾ってきて修理したテレビで、4本足が3本になっているので斜めに傾いていた。
西それに合わせて首をかしげながらテレビを観て、バリバリとカニを食べ、ビールを飲んだ。
壁には飛行機の搭乗券が貼ってあって
「初めて飛行機に乗った。
俺は大スターや」
と書いてあったり、
「・・・・のアホ」
「・・・・死ね」
などと芸人の名前が書いてあった。
結局、明石家さんまが帰ってこないまま、Mr.オクレと退散。
翌日、明石家さんまが帰宅すると部屋に目が染みるような臭いが立ち込めていて
「死体あるんとちゃうか?」
と思い、管理人を呼んだ。
管理人は警察に通報し、死体があると聞いてかけつけた警官が
「ここや」
とコタツの布団をめくると山になったカニのカラがあった。
「誰や!?」
明石家さんまは憤った。
西川のりおは、楽屋で明石家さんまを見つけ
「さんま、エエ加減にせえよ。
オクレと2人でいったら、お前おらんかったやないか。
カニ買うていったのに」
と後輩の非礼を責めたが、倍の勢いでマジギレされた。
Just a moment... (2551917)

吉本からもらう給料が月7~10万円になった西川のりおは、その多くをオシャレに投入。
舞台衣装のほとんどをブランド品で揃え、ズボンの折り目などはキッチリしてないと気がすまず、靴はいつもピカピカに磨いた。
「私服もスーツが多い」
という西川のりおは、ある日、おろしたてのスーツの上にお気に入りのトレンチコートを着て、
「こういうときっちゅうのは心まで新しくなるというか、ウキウキしてくる」
とまるで映画の主人公になった気分で1人、心斎橋辺りを歩いていた。
吉本興業本社のそばに女の子を2人連れた明石家さんまがいたので、気づかないフリで立ち止まり、コートからタバコを取り出して火をつけた。
そして
「兄さん」
と呼ばれると
「なんや、さんまか」
といかにも今初めて気づいたフリをして、心の中では
(これは決まった。
女の子たちも俺をみてる!)
「兄さん、どないしましたん?」
「ああ、ちょっとブラッとしよう思うてな」
「ああ、兄さん、今日、休みでしたね。
ちょっと茶飲みに行きませんか?」
「別にエエけど。
じゃ、行こか」
4人で入った喫茶店は前払い制で、ポケットから財布を出そうとする明石家さんまを制し、
「エエよ。
俺が出すから」
「エエんですか?」
「なんやその顔は!
まかせなさい」
そこから西川のりおと明石家さんまは面白い話を連発し、女の子たちを笑わせまくった。
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(こりゃ、いけるんちゃうか)
西川のりおはノリノリでしゃべっていたが、やがて
(2人とも笑うときしかオレの方みいひん)
と女性たちが、ずっと明石家さんまをみていることに気づいた。
明石家さんまがオーバーアクションで話そうと立ち上がった瞬間、カップを飛ばしてしまい、コーヒーが西川のりおのスーツにかかった。
「すんません。
大丈夫でっか?」
あわてて謝るさんまに
『お前、コレ新品やぞ!』
といいたかったが、女の子たちが心配そうにこちらをみているので
「大丈夫や。
気にせんでエエよ」
すると女の子たちが
「さんまさん、大丈夫?」
といった。
(茶代払って、あんだけ笑わせて、その上、コーヒーかけられて、そんなんアリか!)
堪えて黙る西川のりおに、さんまは、
「兄さん、怒ってまんの」
「怒ってへん、怒ってへん」
「だって急に黙って怖い顔してますよ」
「ただ休憩してるだけや。
じゃ、そろそろ帰ろか」
というと女の子たちは、
「エエッ?!
さんまさんは帰らんといて」
といい、再び強烈な言葉のパンチを食らった西川のりおは、スーツから湯気の出しながら退店。
明石家さんまが後から追ってきて
「兄さん、ホンマすんませんでした」
「全然、怒ってへんがな。
チョット用事あるから先帰るわ」
「ああ、そうですか。
ところで兄さん、ちょっとお願いあるんですけど・・」
「なんや」
「実はちょっとお金貸してもらえませんでしょうか?」
西川のりおは
(ナニーッ)
と驚いた。
結局、誰か知り合いに会えると会社の前で張っていたさんまに出会ったのが運のツキだった。
心斎橋をトボトボと家に向かって歩くトレンチコートの男は、哀愁を通り越して悲惨だった。
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