2016年9月26日 更新

修学旅行のメッカ、京都は八坂神社「祇園祭」の由来は祟り(タタリ)にあった?

中学・高校の修学旅行で京都に行かれた方も多いのではないでしょうか。京都の祭といえば「祇園祭」@八坂神社が一番有名かと思いますが、この祭りの「祇園」という単語は、御霊信仰(祟り=タタリ)に由来しているのです。

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修学旅行のメッカ、京都は八坂神社の「祇園祭」 

秋になりました。読書の秋、食欲の秋、旅行の秋。中学・高校の修学旅行で京都に行かれた方も多いのではないでしょうか。
今回はそんな京都についてのお話です。
京都の祭といえば「祇園祭」

京都の祭といえば「祇園祭」

祇園祭を観るために、多くの観光客が京都を訪れます。
京都の祭といえば「祇園祭」@八坂神社が一番有名かと思いますが、この祭りの「祇園」という単語は、信仰に由来しています。

祇園祭の由来は祟り(タタリ)?

日本では、古来、不慮の死を遂げた人間はこの世に恨みを持つ怨霊と化し、災害や疫病をもたらすと信じられていました。これを「御霊(ゴリョウ)信仰」と言います。簡単に言うと、タタリです。

怨霊の怒りを鎮める儀式「御霊会(ゴリョウエ)」

平安時代になると怨霊の怒りを鎮める儀式「御霊会(ゴリョウエ)」を朝廷が行うようになりました。朝廷の公式記録『三代実録』に、貞観5年(863年)5月に京・神泉苑で行われた御霊会について記されており、この記述が朝廷で行われた御霊会の初見と言われています。

この時に御霊として鎮められた6名の中で最も有名なのが早良親王。平城京から平安京への遷都の一因とも言われる怨霊です。余りに祟り=災害が強すぎたため、死後、崇道天皇と追称されております(この様な例は他にはありません)。
余りに祟り=災害が強すぎたため、死後、崇道天皇と追称さ...

余りに祟り=災害が強すぎたため、死後、崇道天皇と追称された早良親王

869年に行われた「祇園御霊会」

その後、貞観11年(869年)には全国で疫病が流行しました。この時は素戔嗚尊(スサノオノミコト実は牛頭天王ゴズテンノウ)の祟りとして御霊会を行いました。

これを別名「祇園御霊会」と言い、これをきっかけに始まったのが、皆さまご存じの「祇園祭」です。

別名「祇園」となった訳は・・・?

なぜ「祇園」と言うのでしょうか。当時の素戔嗚は仏教の「牛頭天王」と合体したモノとして信仰されていました。牛頭天王は祇園精舎の守護神であることから、彼らを奉る社は「祇園社」とか「天王社」とか呼ばれることが多く、ゆえに「祇園」という単語が出てきたのです。

明治政府の下、祇園社は八坂神社に名称変更

祇園祭の本拠地・祇園社は後世、明治新政府が出した「神仏分離令」を受け、鎮座地の「八坂」を用いた「八坂神社」に名称を変えました。
八坂神社と呼ばれるようになるのは、実は、結構最近のことなのです(笑顔)
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