巨人の大投手だった斎藤雅樹の「野球殿堂入りを祝う会」が開催された!
巨人・斎藤雅樹2軍監督が今年1月に野球殿堂入りしたのを祝い、「野球殿堂入りを祝う会」が30日、東京・文京区の東京ドームホテルで開かれた。
王貞治ソフトバンク球団会長を始め、金田正一氏、堀内恒夫氏(スポーツ報知評論家)、原辰徳前巨人監督、高橋由伸監督ら球界関係者350人が出席した。
壇上であいさつした斎藤氏は「こんなにたくさんの方においでいただき幸せ者だと思う。一人一人のおかげで殿堂入りできた」と感謝の言葉を述べた。
王貞治ソフトバンク球団会長を始め、金田正一氏、堀内恒夫氏(スポーツ報知評論家)、原辰徳前巨人監督、高橋由伸監督ら球界関係者350人が出席した。
壇上であいさつした斎藤氏は「こんなにたくさんの方においでいただき幸せ者だと思う。一人一人のおかげで殿堂入りできた」と感謝の言葉を述べた。
1982年のドラフト1位で巨人入りし、藤田監督の助言をきっかけにサイドスローに転向し才能が開花。11試合連続完投勝利のプロ野球記録を達成した。現役時代は巨人一筋で通算180勝だった。
斎藤氏がプロ初勝利を挙げた1984年に巨人監督だった王氏は「楽に投げているのに(球が)ビュッとくる」と振り返った。
また、藤田監督になった1989年から2年連続20勝を挙げたことから「僕がしっかりしていれば200勝できたね」と周囲を笑わせた。
斎藤氏は歴代最多タイとなる3度も沢村賞を受賞。そうした現役時代の圧倒的なパフォーマンスで、巨人ではこの日出席した堀内氏以来となる、8年ぶりの殿堂入りとなった。
斎藤氏がプロ初勝利を挙げた1984年に巨人監督だった王氏は「楽に投げているのに(球が)ビュッとくる」と振り返った。
また、藤田監督になった1989年から2年連続20勝を挙げたことから「僕がしっかりしていれば200勝できたね」と周囲を笑わせた。
斎藤氏は歴代最多タイとなる3度も沢村賞を受賞。そうした現役時代の圧倒的なパフォーマンスで、巨人ではこの日出席した堀内氏以来となる、8年ぶりの殿堂入りとなった。
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王氏は今季、巨人2軍監督としてファーム日本一、11月には侍ジャパンU-23監督として世界一になったことにも触れ、「監督としての指導力は結果に出る」と賛辞を贈った。
斎藤雅樹を育てた巨人・藤田元司監督
「平成の大エース」と呼ばれる斎藤雅樹氏。
投球時の腰回転がサイドスロー向きだったということから、巨人で監督だった藤田元司氏のアドバイスでサイドスローに転向し、才能が開花。
また、「ノミの心臓」で気が弱いという評価もあったが、藤田氏は「お前は気が弱いんじゃない、気が優しいんだ」、「(斎藤氏が「マウンドに上がるのが怖いです」と言った際)投手というのは臆病でないといけないんだ。色々考えたら臆病になる。怖いというのは、お前が色々考えている証拠だ」などと諭し先発で起用し続けた。
投球時の腰回転がサイドスロー向きだったということから、巨人で監督だった藤田元司氏のアドバイスでサイドスローに転向し、才能が開花。
また、「ノミの心臓」で気が弱いという評価もあったが、藤田氏は「お前は気が弱いんじゃない、気が優しいんだ」、「(斎藤氏が「マウンドに上がるのが怖いです」と言った際)投手というのは臆病でないといけないんだ。色々考えたら臆病になる。怖いというのは、お前が色々考えている証拠だ」などと諭し先発で起用し続けた。
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【プロ野球、ピッチング集 #16】斉藤雅樹の全盛期のピッチング 2年連続20勝、11戦連続完投勝利、3年連続開幕戦完封の伝説!最強のサイドスローエース!
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【プロ野球】 斎藤雅樹の投球
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