高野寛『虹の都へ』スキーシーズンに聴きたくなる冬ソング♪
2018年1月22日 更新

高野寛『虹の都へ』スキーシーズンに聴きたくなる冬ソング♪

1990年に高野寛がリリースし、大ヒットしたシングル『虹の都へ』。 ミズノのスキー用品CMソングとして軽い気持ちで作ったら予想外の大ヒットに…。 バブル期のスキーソングとして有名になった『虹の都へ』の懐かしい動画や、大人気バラエティ番組『ねるとん紅鯨団』の影響、次作『ベステンダンク』との関係などについて紹介。

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高野寛、最大のヒット曲『虹の都へ』

バブル期のスキーソングとして有名な高野寛『虹の都へ』。
それまで無名だった高野寛を一躍脚光を浴びる存在を導いたのは、あの超人気バラエティ番組だった。

『虹の都へ』高野寛

『虹の都へ』高野寛

作詞・作曲:高野寛

1990年2月7日にリリースした高野寛4枚目のシングル。
カップリング曲は『やがてふる』

高野寛が敬愛するトッド・ラングレンによるプロデュース。
トッド・ラングレンは「アレンジはすでに作られていたので、クリエイティブの面で大きな貢献をしたというよりは、発音をクリアにしたり、歌い方のアドバイスをしたりして、高野さんの頭の中にあるものをきちんと外に出せるような手助けをしたつもり。」と語っている。

ただのCMソングのつもりが…

YMO高橋幸宏に見いだされ、高橋幸宏のプロデュースで1988年にシングル「See You Again」でデビューした高野寛。

3枚のシングルを出すもいずれもオリコン圏外。
しかし、軽やかで爽やかな歌声と楽曲制作能力を評価され、CMソング制作の依頼が舞い込んだ。
そのCMとは、スポーツ用品メーカー・ミズノのスキーウェア『ケルビンサーモ』。

ケルビンサーモは、太陽の熱を吸収しやすくして暖かくするという特徴をもった商品であるため、「太陽」という言葉を入れるというのが要望であった。
君と僕はいつでもここで会っているのさ
太陽しか知らない 二人だけの秘密
出典 歌詞:『虹の都へ』高野寛
有名なサビのフレーズは、スポンサーの要望から生まれた。
CMの長さに合わせ、サビの15秒だけを作ってみたところメロディがー良いと評価され、1つの曲として完成させることになった。

そんな流れで生まれた曲であったため、高野寛自身は「名曲を作ろう」とか「ヒットさせてやろう」という気持ちは全くなかったと語っている。

【CM動画】MIZUNO『KELVIN THERMO』

スポンサーの要望である「太陽」の言葉を取り入れつつ、ゲレンデへ行くカップルを連想させるような歌詞と、ワクワク感を高める軽快なメロディ。

CMソングとして抜群の完成度であることが伝わってくる。

『ねるとん紅鯨団』の影響で大ヒット

この頃、ミズノはバラエティ番組『ねるとん紅鯨団』のスポンサーであった。

『ねるとん紅鯨団』は、素人参加型の集団お見合い企画がウケて、土曜深夜帯の放送でありながらも最高視聴率24.7%を獲得した超人気番組。

この番組を見たことのない若者はいないと言われるほどの絶大な人気を誇った『ねるとん紅鯨団』のCM枠に高野寛がCMソングを歌う『ケルビンサーモ』が流れると、「あの歌は何て曲?高野寛って誰?」と話題になり、半年後にCDがリリースされるといきなり大ブレイク。
発売週からオリコン週間チャートで2位を記録した。

キャッチーでポップなメロディと爽やかな歌声は、スキーのイメージにピッタリとゲレンデでも流され続けて、『虹の都へ』はロングヒットを記録し、スキーシーズンの代表曲になった。

動画で振り返る『虹の都へ』高野寛

【動画】PV『虹の都へ』高野寛

【動画】歌番組『虹の都へ』高野寛

【動画】LIVE『虹の都へ』高野寛

1986年に「究極のバンド」を作ろうというオーディションでギタリストとして選出されたのがデビューのきっかけになった高野寛。
そのギターテクニックは多くのミュージシャンから高く評価されており、自身のライブでもギターを弾きながら歌うことが多かった。

なお、この「究極のバンド」企画でボーカルに選ばれていたのが後に『Bomb A Head!』などをヒットさせたm.c.A・Tである。

途中で立ち消えになった「究極のバンド」だが、もし実現していればかなり魅力的なバンドになっていたのではないか。

実はSFの世界がモチーフだった『虹の都へ』

『虹の都へ』で描かれている舞台は、地球の中側は空洞になっておりそこには別世界が存在しているというSFの地球空洞説がモチーフであり、「地球の中の太陽が当たらない街」っていう設定をヒントにしていた高野寛自身が自ら明かしている。
地球の中の知られざる街へ 僕たちは向かう
出典 歌詞:『虹の都へ』高野寛
このフレーズは、地球の内部にある理想郷を示していたのだった。
なお、洋楽の影響を感じさせるポップなメロディでありつつ、『虹の都へ』もカップリング曲『やがてふる』も歌詞に英語など横文字を一切使っていない。
これは、当時の流行ソングとしては非常に珍しいことであり、「安易に英語を使うまい」という高野寛ならではのこだわりを感じさせる。
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