1970年代以降、森光子・寺島純子が司会に参加するようになってからは、前田忠明、東海林のり子、福岡翼ら個性の強いレポーター陣を配してのスキャンダル中心の芸能・凶悪事件レポートが主な内容となった。
「3時のあなた」 司会:森光子 1988 リンゴ追分 ~ みだれ髪 - YouTube
森光子は日本を代表する「お母さん女優」、「日本のお母さん」の異名を取っている。
山岡久乃、京塚昌子とともに日本を代表する「お母さん女優」としてその人気を不動のものとし、「日本のお母さん」の異名を取っている。
特に、時間ですよシリーズでは下町の銭湯のおかみさん役が当たり役として話題になった。確立したイメージはCMでも活かされ、特に1968年(昭和43年)から起用された「タケヤ味噌」のCMでは、途中に空白期間はあるものの2008年(平成20年)まで約40年にわたりCMキャラクターを務めている。
寺島純子(現、富司純子):1974年5月 - 1977年3月(水曜日)と1980年4月 - 1988年3月(木曜日・金曜日)
寺島純子とフジテレビアナウンサー「岩佐徹」(アシスタント)
1977年(昭和52年)より3年間、出産・育児のため番組を一時降板したが、1980年(昭和55年)より復帰。歴代司会者では森光子に次いで2番目の長寿司会在任期間(10年11か月)となった。
1974年12月11日、寺島司会時に保険金殺人の嫌疑を掛けられていた被疑者の男が生出演(別府3億円保険金殺人事件)。
男は身の潔白を主張するもコメンテーターの鋭い指摘に堪えきれず途中退席。一方でスタジオの奥では警察官が控えており、番組収録終了後の同日17:40にフジテレビ裏で殺人罪容疑で逮捕された。
この一件以降、寺島の「犯人さん、出てらっしゃい」なるフレーズが有名となる。
荒木虎美「別府3億円保険金殺人事件」アンビリーバボー動画【3時のあなた出演時】【逮捕移送時】 - YouTube
3時のあなた(アラン・ドロン) - YouTube
東映スター時代の藤 純子(1963年から1972年)
1968年(昭和43年)、『緋牡丹博徒』で初主演と主題歌も歌い、ヒット。主人公「緋牡丹のお竜」こと矢野竜子でシリーズ化され、若山富三郎・菅原文太と共演した1970年(昭和45年)の第6作目『緋牡丹博徒 お竜参上』はシリーズの代表作となった。
『緋牡丹博徒シリーズ』の他に『日本女侠伝シリーズ』、『女渡世人シリーズ』もヒットし、東映スターの仲間入りをした。背に彫った緋牡丹の刺青を見せる『緋牡丹博徒』については、当初は肌を見せることに抵抗があり、出演を拒んでいたが、俊藤に説得されて渋々応諾したという経緯がある。しかし『緋牡丹博徒』の人気を直に感じて「父の凄さを初めて理解した」と回想している。
1972年(昭和47年)、NHKの大河ドラマ『源義経』で共演した歌舞伎俳優の四代目尾上菊之助(現・七代目尾上菊五郎)と結婚し、『関東緋桜一家』を最後に引退を表明。
司葉子:1977年4月 - 1978年3月(水曜日)
司葉子:3時のあなた司会時期・1977年4月 - 1978年3月(水曜日)
夫は弁護士で元自由民主党衆議院議員の相澤英之。三男・相澤宏光の妻は歌手・タレントの相田翔子。
司葉子は東宝の看板女優として活躍
東宝の看板女優として数多くの映画に出演する。さらにテレビドラマ・舞台にも活躍の場を広げた。
また、この番組では森を姉と慕っていた美空ひばりが第1回と最終回にゲストで出演した。司会者としての実力は『NHK紅白歌合戦』の紅組司会者としても発揮されており、第13回〈1962年(昭和37年)〉、第29回〈1978年(昭和53年)〉、第35回〈1984年(昭和59年)〉の3回、起用されている。また『輝く!日本レコード大賞』でも、1972年(昭和47年)から1976年(昭和51年)まで司会を務めている。