1970年代男性アイドル・イケメン俳優(35組)
2016年6月12日 更新

1970年代男性アイドル・イケメン俳優(35組)

郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎から成る「新御三家」。テレビドラマからブレイクし、アイドル的人気を博す者。ロック・ミュージックが一般化していなかったため、シンガーソングライターやロックギタリストもアイドルとして売り出されることがありました。『レッツゴーヤング』の「サンデーズ」出身の太川陽介、渋谷哲平、川崎麻世などテレビ番組に出演し、その成長とともに視聴者のアイドルとなっていく者たちもいました。70年代のアイドル黎明期を彩ったアイドルたちを、おさらいしていきましょう。

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萩原健一(はぎわら けんいち、1950年7月26日-):ボーカル

今は個性派名俳優の岸部一徳、昔は、超凄腕のベーシスト。

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仲 雅美(なか まさみ、1950年11月9日)

仲 雅美(なか まさみ、1950年11月9日)

仲 雅美(なか まさみ、1950年11月9日、別名;東光夫、仲真貴、仲眞貴)は、東京都中野区鷺宮出身の俳優、歌手。
日本大学農獣医学部中退。祖父は円山動物園や旭山動物園の初代園長を務めた中俣充志。

1971年(昭和46年)、TBSの木下恵介・人間の歌シリーズ第4作、「冬の雲」に出演。ドラマ挿入歌のロシア民謡「ポーリュシカ・ポーレ」をカバーして歌い、これがオリコン年間チャートで17位、36.1万枚の大ヒットとなった。また、同年のブロマイド年間売上においては、ベスト10入りした(10位)。

1972年(昭和47年)、日本テレビの「さぼてんとマシュマロ」に出演。挿入歌の「涙のジャーニー」がヒットした。同年リリースのフジテレビの「青春をつっ走れ」挿入歌「君を愛す」まで、オリコントップ40入りヒット曲を飛ばすこととなった。

1975年(昭和50年)、脚本家の花登筺主幹「劇団喜劇」に入団。仲真貴に再改名。その後は、花登作品に数多く出演した。

1980年代のレンタルビデオ黎明期には、「MIMIビデオ」というレーベルを立ち上げ[7]、日本未公開の洋画を輸入しビデオ化。100本以上の作品を配給した。この頃、芸名を仲雅美に戻す。

なお、芸名と顔立ち、活動時期が似ていることから沖雅也と混同されることもあるが、別人である(沖とは、「さぼてんとマシュマロ」で兄弟役として共演し、後に「細腕一代記」でも共演)。

1972年デビュー:フィンガー5・西城 秀樹・郷 ひろみ・伊丹 幸雄・三善 英史・三浦 友和

フィンガー5(フィンガーファイブ、Finger 5)

フィンガー5(フィンガーファイブ、Finger 5)

フィンガー5(フィンガーファイブ、Finger 5)は、日本の男女混合歌謡アイドルグループ。1970年代を中心に活躍。メンバーは沖縄県出身の5人の兄弟(男4女1)であり、ダンスをこなしながら歌うスタイルと、メインボーカルの四男・晃の変声期前のハイトーンボイスとその歌唱力やルックスなどで人気となり、ミリオンセラーを記録した。簡単にいえば、アメリカの黒人一家の子供を中心に形成されたバンド「ジャクソン5」のコピーバンドである。
バンドという名目ではあったが、全盛期に楽器演奏を披露する場面はほとんどなかった。解散後も時折音楽活動を行ったり、テレビ出演などをしている。

翌1970年、ベイビー・ブラザーズと名を変え、メジャーデビューを果たす。しかし売れずに苦しい時代を過ごし、転校した学校では「売れない歌手」と悪口も言われた。妙子はそれまで着たこともない琉球王朝時代の服を着せられたりし、晃はその時期に出した曲にタイトルさえもう覚えていないものがあるという。

1972年に「フィンガー5」として再デビューを果たす。名付け親は母で、米国で当時大ヒットを飛ばしていた、5人兄弟で結成された同じ形態のグループ、ジャクソン5を意識したものである。

フィンガー5 恋のダイヤル6700 - YouTube

途中挿入されてる映像に注目。 音源はレコードと同じで、短く編集されています
フィンガー5(フィンガーファイブ、Finger 5)

フィンガー5(フィンガーファイブ、Finger 5)

全員、沖縄県具志川市(現・うるま市)出身の実の兄弟。

玉元 一夫(たまもと かずお、1955年4月8日 - A型 ) 長男。リードギター担当。コーラス。
芸能活動休止後不動産会社を経営していたが、銀行から58億円の融資を受けるもバブル崩壊で丸々借金として58億円を背負うが完済している。1996年10月に脳内出血で倒れ左半身麻痺の後遺症が残り、車椅子や杖つきでの生活となる。障害者となった経験を生かし、バリアフリー社会の実現を訴え、自由連合から2001年参院選に出馬したが落選。

玉元 光男(たまもと みつお、1957年2月3日 -  O型) 次男。ドラムス担当。コーラス。
芸能活動休止後美容師の免許を取得。東京都田無市の理髪店で修行時には顔を見た客が首をひねるなど、市内ではちょっとした話題となった。その後はアメリカで活躍。次第に美容師の業務が忙しくなっていったため、近年はテレビ出演を控えている。5人に揃ってもらう企画で、光男だけ都合がつかず欠席したこともあった。

玉元 正男(たまもと まさお、1959年2月2日 - O型) 三男。ベース担当。ボーカル。
都内某市の建設会社で大工として活躍。その後沖縄料理店を経営する一方で、琉球音楽サークル「魔法使いま〜ちゃんとちっちゃな悪魔たちの集い」を結成し、活動している。
なお、アイドル時代からの友人である元ずうとるびの江藤博利とは現在も親交がある。

玉元 晃(たまもと あきら、1961年5月9日 - O型) 四男。ギター担当。メインボーカル。
正男と同じ建築会社で、大工の後は営業職に転属。退職した後はT.AKIRAとして、また江木俊夫・あいざき進也・狩人の高道とともに結成したs4として現在もライブ活動などの音楽活動を続けている。

玉元 妙子(たまもと たえこ、1962年6月7日 -  A型) 次女。キーボード担当。ボーカル。
現在は専業主婦である。日出高等学校卒業。
末期には若干のメンバーの入れ替えがあるが、基本は上記の五人。末期には、下記の二人がメンバーになる。

具志堅 実(ぐしけん みのる、1967年1月23日 -  O型)上記兄弟の甥っ子。1975年、マネージャーに専念した長男に変わってメンバー入り。
現在、メンバーの中で最も大柄。光男の代りにテレビ出演することが多い。

安 広司(やす ひろし、1960年4月29日 -  A型)上記兄弟のいとこ。最後のシングル『悩ませないで』のみ参加。
西城 秀樹(さいじょう ひでき、1955年4月13日 - )

西城 秀樹(さいじょう ひでき、1955年4月13日 - )

西城 秀樹(さいじょう ひでき、1955年4月13日 - )は、日本の歌手、俳優。本名は木本 龍雄(きもと たつお)。広島県広島市出身。アースコーポレーション所属。身長181cm。血液型はAB型。既婚。

1972年3月25日、ビクター音楽産業(RCA)よりシングル「恋する季節」で歌手デビュー。キャッチフレーズは「ワイルドな17歳」。片仮名の「ヒデキ」が愛称となる。

1973年6月25日、「情熱の嵐」がオリコン週間チャートで初のベストテン入りとなり、一躍トップアイドルの仲間入りを果たし、郷ひろみ、野口五郎と共に「新御三家」と呼ばれる。「ちぎれた愛」、「愛の十字架」が連続してオリコン週間チャートの第1位を獲得。絶唱型と言われる歌唱法を披露。『第15回日本レコード大賞』で初の歌唱賞を受賞する。

1974年、「薔薇の鎖」でマイクスタンド・アクションを披露。「激しい恋」がオリコン年間チャートの第8位を獲得。「傷だらけのローラ」が、『第16回日本レコード大賞』で歌唱賞を受賞。これによりポップス歌手としては史上初となる2年連続受賞を樹立する。『第25回NHK紅白歌合戦』にも初出場し、その後も着実にヒットを飛ばす。ホームドラマ『寺内貫太郎一家』にレギュラー出演、松竹映画『愛と誠』で映画初主演と、俳優としても活動する。

1976年の「君よ抱かれて熱くなれ」から1977年の「ボタンを外せ」までは、阿久悠の作詞、三木たかしの作曲のコンビによるヒット作品が続く。1976年の「ジャガー」、1978年の「炎」で、『東京音楽祭』国内大会でゴールデン・カナリー賞を受賞し、世界大会にも出場。1979年、「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」で"Y.M.C.A."の4文字を全身で表現するパフォーマンスを披露した。
西城 秀樹(さいじょう ひでき)

西城 秀樹(さいじょう ひでき)

西城 秀樹(さいじょう ひでき)

西城 秀樹(さいじょう ひでき)

郷 ひろみ(ごう ひろみ、1955年10月18日 - )

郷 ひろみ(ごう ひろみ、1955年10月18日 - )

郷 ひろみ(ごう ひろみ、1955年10月18日 - )は、日本の歌手、俳優である。本名、原武 裕美 (はらたけ ひろみ)、男性。
福岡県出身(東京都育ち)。所属事務所はバーニングプロダクション。2014年10月よりマネージメントをエヴァーグリーン・エンタテイメントに委託し業務提携。身長178cm。

1971年、銀座であった映画オーディションでジャニー喜多川にスカウトされてジャニーズ事務所へ所属する。
フォーリーブスのバックダンサーとして出演して多くのファンを獲得する。芸名は、ファンからの声援「レッツゴーひろみ」から借名して「郷ひろみ」になり大阪でファンクラブが発足する。

1972年1月2日、NHK大河ドラマ『新・平家物語』に平清盛の弟、経盛役で俳優デビュー(現在までNHK大河ドラマ合計4作品に出演) する。
4月3日 - 9月25日、フジテレビ系の森田健作主演・青春ドラマ『青春をつっ走れ』と『あしたに駈けろ!』に連続して出演する。

8月1日、CBSソニー(現:ソニー・ミュージックエンタテインメント)所属の歌手としてデビューする。
9月25日、デビュー曲「男の子女の子」がオリコン週間チャートのベストテン入りを果たし、11月には第14回日本レコード大賞・新人賞を受賞する。
1973年、ブロマイド年間売上実績No.1となり、西城秀樹、野口五郎と共に新御三家と呼ばれ、一躍トップアイドルの仲間入りを果たす。

11月20日、「裸のビーナス」で第4回日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞、12月2日には「小さな体験」で第6回日本有線大賞・大衆賞を受賞する。
12月31日、第24回NHK紅白歌合戦に初出場し、前年のデビュー曲「男の子女の子」を歌う(以後1985年まで13年連続出場する)。
1974年10月28日、初主演テレビドラマ『ちょっとしあわせ』の主題歌「よろしく哀愁」で、自身初のオリコン週間チャートの第1位を獲得する。
1975年6月6日 - 9月26日、主演TBSテレビドラマ『あこがれ共同隊』で、同年ブロマイド年間売上実績No.1の西城秀樹、桜田淳子と共演する。
バーニングプロダクションへ移籍する。
郷 ひろみ(ごう ひろみ)

郷 ひろみ(ごう ひろみ)

西城秀樹、野口五郎と共に新御三家と呼ばれ、一躍トップアイドルの仲間入りを果たす。
郷 ひろみ(ごう ひろみ)

郷 ひろみ(ごう ひろみ)

伊丹 幸雄(いたみ さちお、1955年2月12日 - )

伊丹 幸雄(いたみ さちお、1955年2月12日 - )

伊丹 幸雄(いたみ さちお、本名谷出 正幸、1955年2月12日 - )は福井県福井市出身の歌手、俳優。北陸高等学校中退。

ザ・ワイルドワンズの付き人をしていたところを、渡辺プロダクションにスカウトされる。
1972年にCBS・ソニーからシングル「青い麦」でデビュー、オリコンチャート最高22位のヒット。サッチンの愛称で呼ばれる。順調なスタートだったが以後伸び悩み、1974年には伊丹 サチオと改名するなど試みたが、実を結ぶまでには至らなかった。

ごく短期間ではあるが新御三家(郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎)の三人と共に「四天王」と呼ばれたこともある。

1976年、ロックバンド「ローズマリー」にボーカリストとして加わる。同じくソロシンガーだった弾ともやと共にツインボーカルを務めた。

1978年、ローズマリーを離れ、本名の谷出正幸名義で、中神和司と風来坊を結成。同年、新宿音楽祭で賞を受賞。
伊丹 幸雄(いたみ さちお)

伊丹 幸雄(いたみ さちお)

三善 英史(みよし えいじ、1954年9月2日 - )

三善 英史(みよし えいじ、1954年9月2日 - )

三善 英史(みよし えいじ、本名:田村 照彦(たむら てるひこ)、1954年9月2日 - )は東京都渋谷区出身の演歌歌手である。相洋高等学校卒業。

円山町の芸者の息子として生まれる。端正な顔立ちとプロポーションが目を引き渋谷でスカウトされ、歌手となる。1972年、デビュー曲『雨』がいきなりの大ヒットを飛ばし、同年、第14回日本レコード大賞・新人賞、新宿音楽祭・銀賞、第3回日本歌謡大賞・放送音楽新人賞を獲得。

翌1973年、『円山・花町・母の町』でNHK紅白歌合戦に初出場し、以後1975年まで出場を果たす。ちなみに『円山・花町・母の町』では当初の約束ではシングルとして発表しないことになっていたにもかかわらず、本人の出生のことがプロモーションの一環として利用されたことが不本意らしく本人から好んで話すことは多くない。
俳優やタレントとしても活動している。
三善 英史(みよし えいじ)

三善 英史(みよし えいじ)

雨 - 三善英史 - YouTube

三浦 友和(みうら ともかず、1952年1月28日 - )

三浦 友和(みうら ともかず、1952年1月28日 - )

三浦 友和(みうら ともかず、1952年1月28日 - )は、日本の俳優である。山梨県塩山市(現甲州市)出身。東京都在住。テアトル・ド・ポッシュ所属。血液型AB型。身長178cm。

二十歳の春、TBS『シークレット部隊』(1972年)で芸能界デビューする。芸名の「友和」は、先輩の宇津井健が同ドラマプロデューサーの野添和子(現・大映テレビ顧問)の名前の「和」の字を取って命名したものである。

長髪と汚れた服というイメージの当時の若者とは正反対の「こんな奴はいないだろう」(本人談)というような七三分けの真面目なガードマン役だった。このとき忌野清志郎に「七三分け?お前なんかもう友達じゃないよ」と言われるが、それでも忌野はドラマを見て、たった一言だけの三浦のセリフを何度も真似た。

1970年代に二枚目の俳優として10代に大変な人気があった。特に1970年代後半、山口百恵と共演した主演映画・ドラマが次々とヒットし、「百恵友和コンビ=ゴールデンコンビ」と呼ばれた。

山口との共演映画は、すべて東宝配給ながらもホリプロ製作で撮影所、スタッフなどは日活系で固められているが、山口と離れて主演した映画は東宝撮影所でのものがほとんどで、専属契約こそ交わしていないものの、事実上、最後の東宝男優である。

1980年に山口百恵と結婚し、その後は映画・舞台で着実に役柄の幅を広げ、歴代平均視聴率No.1となったNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』にて、伊達政宗の片腕で武骨な武将・伊達成実を演じたり、アルコール飲料や紳士服店のCMでコミカルな演技を見せるなど、硬軟いずれもこなせる俳優としての位置を確立した。
三浦 友和(みうら ともかず)

三浦 友和(みうら ともかず)

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