『奇子』(あやこ) 天外家は滅んだが、奇子だけは生き残る。終始陰惨かつ救われない話が続く。
終戦直後から高度経済成長期までの日本が主な舞台であり、共産主義やスパイなどの政治的話題、「東京裁判ごっこ」などのブラックネタ、 松本清張も触れたことで有名な下山総裁暗殺事件、村八分、私生児、近親相姦、暴力団、知的障がい(知恵おくれ)などの 色々とアブない要素がてんこ盛りであり、現代では考えられない差別的な単語も多く含まれている。
奇子は一族の体面のために村ぐるみの決断で肺炎で死亡したことにされ、 天外家の土蔵の真っ暗な地下室に幽閉されたまま育てられることに…
仁朗は警察の追手から逃亡、証拠を握る奇子は天外家の名を守る為にと死亡届を出され、蔵に幽閉される。
天外伺朗
正義感が強く頭がきれ、奇子の幽閉に唯一強く反対していた。
しかしその正義感は時に暴走し、独善的かつ頑固と言える性分も持ち合わせている。
奇子に迫られて一度きりとして関係を持ったが、その後も関係を続けやがて異母妹である奇子を愛するようになる。
そのこと市郎や下田波奈夫に叱責されても「天外家自体みんなクズだから」「天外の汚物をひっかぶったごみ箱がおれだ」と開き直った。
奇子への愛情と正義感の暴走が重なってとんでもない行動を起こし、天外家は滅亡への一途を辿ることとなった。
伺朗「実の兄貴だが、お前(奇子)が愛しかった。闇はお前の世界だ生き延びろよ」と言い残し絶命。
祐天寺(仁朗)がお涼を殺した事、市朗が妻のすえを殺した事も問い質す。
そして自分もその立場であると認めた上で伺朗は一族に、これまで虐げて来た事に対しての謝罪を奇子にしろと要求する。しかし皆、自分本意で(伺朗や波奈夫以外に)奇子の事を省みる者はいなかった。
怒った伺朗は隠し持っていたダイナマイトで洞窟の入り口を爆破。発破で土砂が崩れ、入り口が塞がれてしまう。そして伺朗も土砂の生き埋めとなる。
脱出不可能と言う絶望的状況の中、何故かただひとり奇子だけが声をあげて嬉しそうに笑う。
「奇子……こわくない。ここ好きよ。奇子の部屋とおんなじだもの」
「あの土蔵の下か」
「奇子の笑ってるわけがわかりますよ。奇子は復讐してるんだ。ニ十何年もの閉ざされた恐怖を……いまのみんなが味わっているんで奇子には満足なんだ、それで笑うんですよ。」
警察や村民達による奇子達の捜索は夜に日を次いで行われたが、数週間経っても見つからない。
ある日ついに偶然の発掘でみんなは発見されたが、殆どが虫の息か死亡したいた。が、しかし奇子だけは幽かに微笑みさえ浮かべながら、死体の群れのそばで生き残っていた…。
『ザ・ムーン』(1972年)少年漫画とは思えない無残な結末へと向かってゆく。
ジョージ秋山による漫画作品『ザ・ムーン』 『週刊少年サンデー』(小学館)において、1972年14号から1973年18号まで掲載された。
あくまでも全員の精神を集中させる為の手段として、般若心経を利用しただけであり(作中にも説明がある)、宗教的意味は皆無である事を留意すべきである。物語初期は普通に精神を集中するだけで操作しており、信仰心に依存する仕様ではない。
ベルサイユのばら 悲劇的な最後を遂げる革命の嵐の中で一瞬の生を悔いなく生きた恋人たちの物語。
池田理代子による漫画作品「ベルサイユのばら」 1972年21号から1973年まで『週刊マーガレット』(集英社)にて連載。
前半はオスカルとアントワネットの2人を中心に描き、中盤以降はオスカルを主人公として、フランス革命に至る悲劇を描いた。