【70年代歌手】トラック野郎の女神、八代亜紀が演歌の女王と言われるようになるまでの軌跡
2017年11月20日 更新

【70年代歌手】トラック野郎の女神、八代亜紀が演歌の女王と言われるようになるまでの軌跡

70年代初めに演歌歌手としてデビューした八代亜紀。ヒット曲の「なみだ恋」でトラック野郎の女神となり、ヒット曲を量産し女唄を歌わせたら天下一品の演歌の女王になるまでの軌跡を振り返る!

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こんにちは、はんまのままです。

今回は演歌の女王を称された女性演歌歌手の八代亜紀さんについて調べてみました!
懐かしい歌から現在の活動までお届けしたいと思います。

コンプレックスから一転

八代亜紀

八代亜紀

やしろあき
生年月日:1950年8月29日
デビュー:1971年

熊本県八代市出身ということから芸名である「八代」という名前になった。画家としても有名でフランスで行われるル・サロンに入選し永久会員となる。

八代亜紀公式サイトより
幼い頃から「歌」に親しみ「歌」と共に生活があったという八代亜紀にはコンプレックスがありました。あの独特なハスキーボイスです。そのコンプレックスを解消してくれたのが父親でした。
ジュリー・ロンドンのレコードを聴いてハスキーボイスの良さを知りクラブ歌手を意識、目指すきっかけになったということなので父親がジュリー・ロンドンのレコードを買ってこなければ、演歌の女王として芸能界にいることはなかったということになります。
ジュリー・ロンドン

ジュリー・ロンドン

アメリカの歌手であり女優のジュリー・ロンドンは1926年に生まれ、その美貌を買われスカウトされました。1944年には映画デビューし結婚、出産、離婚を経験し再始動した時に歌手として活動を始めました。2000年にこの世を去っていますが、その美貌とハスキーボイスで今もなお熱烈なファンはいるようです。

想い出のサンフランシスコ [日本語訳付き]   ジュリー・ロンドン

ジュリー・ロンドンの歌声を聴いて自分の声でも歌手になれると自信がついた八代が次にしたことはバスガイドの仕事でした。人前に出るということが内気な性格が災いして苦手だったためだと後日語っていますが、このガイドの仕事が何か月やっても覚えられなかったとか。
バスガイド時代の八代亜紀

バスガイド時代の八代亜紀

度胸をつけるために始めたバスガイドから歌の道に進んだときには父親に勘当されたとか。
そりゃ進学をしてほしいと望んでいた父親に対して就職を選び、その仕事も辞めキャバレーで歌手として歌っているとなればどんな父親でも激怒します。
親に内緒でバスガイドをやめ、朝早く家を出て時間をつぶし、ステージを務めて帰宅していましたが、3日目にばれました。いつも大通りまで迎えにきてくれる父がいなくて、家に帰ったら、ちゃぶ台の前にいる父の背中が怖くて怖くて。「なぜそんな不良になったのか理由を言え」と、殺されると思うぐらい怒られました。ちゃぶ台をひっくり返し、柱時計まで飛んできて。お父さんを助けたかったなどと死んでも言えないので殴られても黙っていました。「どうして、そぎゃん、もっこす(頑固)とね」と言われた時、「お父さんの娘だけんね」と答えたら父は大泣きし、この後私は勘当されたんです。
勘当された八代は一人上京して銀座などでクラブ歌手として活動を開始し、レコード会社に専属歌手として契約するまでたくさんの女性たちの苦労や悲壮感を感じ取っていたとか。そんな女性たちが背中を押してくれたおかげで専属歌手として活動していこうと10代の八代が決めたわけでもなく所謂「上から目線」で行動したということだったらしいです。本当にクラブ歌手としては売れっ子だったんでしょうね。
愛は死んでも

愛は死んでも

1971.9.25発売
何はともあれ歌手デビューとなった八代亜紀のデビュー曲は「愛は死んでも」という曲でしたが、もちろん売れるわけもなく2年ばかりレコードを持参して営業をしていたとか。演歌歌手のデビュー当時秘話でよく聞く話ではありますね。現実は厳しいと思い知らされ故郷に帰るかと思えば頑固な性格が帰してはくれなかったようです。

愛は死んでも

音楽を生業にしていくことを勘当するほど反対していた父親も2年間の営業を見聞きし会社を閉めて上京し八代亜紀の生活を支えてくれるようになり、家族一丸となって八代亜紀を応援してくれるようになったようです。

デビューから4曲目の「なみだ恋」が大ヒットし八代亜紀の歌手人生は大きく変わりました。

なみだ恋から始まった女唄

「なみだ恋」が大ヒットして真っ白だったスケジュールは真っ黒になったと八代は言っています。生活を一変させたヒット曲は120万枚以上売れるビッグヒットとなり後に映画化したという逸曲です。
なみだ恋

なみだ恋

1973.2.5発売

なみだ恋

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