2017年11月11日 更新

【70年代歌手】「私バカよねぇ」から始まった細川たかしの演歌歌手人生の天国と地獄

70年代半ばに妻子を故郷に残し1人上京した細川たかしがデビューから紅白常連歌手へと変わっていく歴史を振り返る。数々のヒット曲はもちろんその歌唱力、声量に驚かされる歌声をじっくり堪能してみよう!

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真狩村出身、細川たかし

細川たかし

細川たかし

ほそかわたかし
生年月日:1950年6月15日
デビュー:1975年

北海道にある真狩村(まっかりむら)から単身上京した細川たかし。演歌歌手のミッチーこと三橋美智也を師とし演歌歌手として活躍。民謡三橋流の三橋美智貴としても活動。
出典 prtimes.jp
今や演歌界の重鎮としても紹介されることが多くなった細川たかしですが、デビューは1975年とされています。ですが、札幌にあるすすきので歌手活動を行っていたのでプロデビュー若しくはメジャーデビューとしてはということになるようですね。
すすきので活動していた頃の細川たかし

すすきので活動していた頃の細川たかし

素人演歌歌手として活躍していた頃にバーニングプロの周防郁雄にプロデビューの誘いがあったと本人が言っています。今でいうスカウトという感じなのでしょうか。
そんな誘いと仲間内でのプロ挫折など見聞きしだいぶ迷ったと言っています。その背中を押したのは今の奥さまだということです。幼子を抱えた状態で夫だけを東京に送り出すなんて普通は不安だけしかなかったと思いますが、「後悔しないように行ってくれば」という言葉で迷いから解き放たれたとか・・・。素敵な奥様です。
一緒に歌っていた仲間(アローナイツなど)が東京へ行っては、デビューして、うらやましいと思っていましたけど、いまいち売れなくて札幌へ帰ってきた友達もいたし。それに子供が生まれたばかりで、本当に悩みました。女房に「後悔しないように行ってくれば」と言われてふん切りがつき"一年やってダメだったら元のクラブ歌手でいいや"そう思って東京に行く決心をしました。
真狩村から単身で上京し演歌歌手、細川たかしの歌手人生が本格的に始まりました。

「心のこり」は「私バカよね」だった

「私バカよねぇ、おバカさんよねぇ」と耳に残りやすい歌い出しで始まる曲は1975年4月1日にリリースした「心のこり」という曲です。この曲で歌手デビューしたのですが本当の曲名は「私バカよね」だったとか。
心のこり

心のこり

そんな「私バカよね」はなぜ「心のこり」になったのかというと、歌手という職業柄挨拶回り欠かせない行為なのですが、曲名を「私バカよね」にすると所属していたレコード会社の営業が新人演歌歌手としての挨拶回りの際の困難さを考え曲名を変更したという経緯があるんだとか。
今の時代ではインパクトとがあるということでそのままの曲名でデビューしそうな感じではありますが、当時は難しかったのかもしれませんね。

心のこり

デビュー当時はイケメンの部類だったのかもしれません。北海道で歌手活動をしていた頃は「札幌の森進一」と呼ばれていたとか。鼻筋の通った顔つきで人気もあったことでしょう。

この「心のこり」は他にも歌っている人がいます。変わり種の「心のこり」も聴いてみましょう。

心のこり/石川さゆり

心のこり/島津亜矢

心のこり/許富凱

心のこり/桃井かおり

デビュー曲としてのインパクトはバッチリでヒット曲としても小さな子どもまで冒頭の歌詞を覚えていたくらいです。細川が歌う「心のこり」はデビュー当時の方がいいという人も多くいるほどクセのない歌声は子どもの耳にもスッと入ってきたものでした。

「欽ちゃん」でブレイク

70年代に生まれた人が細川たかしを思い出そうとすると欽ちゃんが出てきませんか?おまわりさんの格好をした細川たかしが何かを言っては歌って帰るという出演シーンが印象的で歌を歌っている人だとは思っていなかった子どもたちが多かったと思います。
その子どもたちに人気があった理由が「欽ちゃん」だったようです。その話を細川たかし本人と欽ちゃんこと萩本欽一がテレビで話しています。

誰だって波瀾爆笑 細川たかし 11月9日

ステージなどで聞かせてくれているあの話術は欽ちゃんから直伝だったとは知りませんでしたが、歌だけではなくトークが楽しくて聞き入ってしまいます。
細川たかしと萩本欽一

細川たかしと萩本欽一

「北酒場」のヒットしたきっかけは欽ちゃんでその結果、細川たかしの代表曲ともなりその後のヒット曲へと繋がっていたと考えると萩本欽一っていう人物は本当にすごい人なんだと思わされますね。実際、欽ちゃんを中心に放送された番組から輩出されたタレントや芸人、歌手や俳優は数知れず。
細川たかしもそうですが現在でも第一線で活躍している人がたくさんいます。
欽ちゃんこと萩本欽一

欽ちゃんこと萩本欽一

実際、細川たかしがレギュラー出演することになった番組「欽ちゃんのどこまでやるの!?」には女優として活躍していた真屋順子や見栄晴として今でも知られている藤本正則、コサキンという名前で出ていた小堺一機、関根勤、細川たかしと同業の前川清などあらゆるジャンルからあらゆる人が出演し、有名になった人、再ブレイクした人と様々です。
欽ちゃんのどこまでやるの!?

欽ちゃんのどこまでやるの!?

欽ちゃんから始まった人や細川たかしのように再ブレイクを果たしトップスターへとなった人など挙げればきりがありませんが、細川たかしの人生を左右した出来事だったことは間違いないようです。

レコード大賞

細川たかしのヒット曲といえばたくさんありますが、意外にもデビュー曲の「心のこり」のヒットに続くようにヒット曲に恵まれたというわけではなく、1982年にヒットした「北酒場」までの7年間は出せども出せどもヒットせず苦労の時代だったと言えます。
北酒場

北酒場

1982年3月1日発売
「心のこり」から「北酒場」までの間に発売されたシングル曲は16曲あります。作詞も作曲も有名なところを起用し期待が感じられるのですが鳴かず飛ばずといった感じだったのでしょう。先ほど紹介した動画にあるような内容となり、北酒場と細川たかしは欽ちゃんに預けられ、鍛えられたという感じです。

ヒット曲となった「北酒場」はその年のレコード大賞を受賞し大ヒット曲へと変化していきました。一旦、火のついた人気は消えることなくファンの期待を背負い演歌界で活躍する演歌歌手へと変貌していきまいた。

細川たかし 矢切の渡し 【愉快にオンステージ】

「北酒場」の次の曲は「矢切の渡し」なのですが、この曲もレコード大賞を受賞し2年連続受賞となった細川たかしは欽ちゃんファミリーの細川たかしというより演歌歌手、細川たかしとなったように感じます。
矢切の渡し

矢切の渡し

実はこの曲、歌手ちあきなおみが最初の発売者でその後はカバーした曲となります。知っている人は知っているという情報になりますね。
矢切の渡し

矢切の渡し

矢切の渡し~ちあきなおみ

作曲者の船村徹がちあきなおみちと細川たかしの歌い方の違いについて語っていますが、細川たかしの「矢切の渡し」を初めて聞いて育っている世代には細川たかしの歌として記憶に残っているので十人十色でいいのではないかと思います。実際、この曲は他にもたくさんの歌手はカバーしていますしね。
浪花節だよ人生は

浪花節だよ人生は

1984年8月21日発売
58 件

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