ロックにフルートを持ち込んだスタイルが独自な世界 狂気のフラミンゴ奏法は汚れなきアンダーソンの世界
2017年1月24日 更新

ロックにフルートを持ち込んだスタイルが独自な世界 狂気のフラミンゴ奏法は汚れなきアンダーソンの世界

ジェスロ・タルは、英国スコットランド出身のイアン・アンダーソンが中心になって結成したプログレッシブ・ロック・バンドで、時代の変化に合わせて様々な形態を取り込み進化していった。1960年代終盤における著 名なロックバンドデビューに伴うバンドの一つで、フルートをロックバンドに取り入れた点がユニーク。

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再結成の足跡

ハンガリー・ブダペスト公演 (2006年)1980年、イアン・アンダーソンはキング・クリムゾンのエディ・ジョブソンらと共に初のソロ・アルバムを制作しようとするが、最終的にはジェスロ・タル名義のアルバム「A」としてリリースされた。

ライブ中心のロック・バンドに

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2003年、クリスマス・アルバム「ジェスロタルのクリスマスアルバム」をリリース。これ以降、新たなスタジオ・アルバムの発表が途絶え、ライブを中心に活動。スイスのレマン湖畔で毎年開催されるジャズ祭「モントルー・ジャズ・フェスティバル」の常連ともなり、精力的にライブ活動を続ける。
2011年、バンド活動が事実上の停止。2014年にはイアン・アンダーソンその人が、バンドの無期限活動停止を公表した。

「ジェスロ・タル」を巡るエピソード

バンド名の由来

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「ジェスロ・タル」というバンド名は、18世紀イギリスの農学者の実名に由来している。当時彼らはロンドンの複数のクラブに出演していたが、必ず1回で仕事を打ち切られて継続的に出演の予約を取るのが難しかったため、次々に名前を変えて別のバンドのふりをすることで食いつないでいたという。バンド名はエージェントの思いつきで決められていたが、あるとき歴史マニアのエージェントが農学者の名前にちなんで「ジェスロ・タル」と命名した。たまたまこのバンド名で出演していた時に、クラブの支配人に気に入られて継続出演が決まったため、それ以降も同名で通すようになり定着した。

何故ロックで、フルート?

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イアンは当初ギタリストでありながら、プロデューサーの意向でミック・エイブラハムズをギターヒーローに祭り上げるためにギターを横取りされた。何とかミックからスポットライトを奪おうと、ギター以外の楽器を持つことを思い立つ。そこで楽器屋に行き、最初はバイオリンを購入するつもりだったのだがフルートが目に付き、店員に「バイオリンとフルート、どっちが簡単かな?」と聞いたところ「フルート」と言う返事が返ってきたので急遽購入する楽器をフルートに選んだ。

イアンの交友関係

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元ディープ・パープルのリッチー・ブラックモアとの交友関係があり、ブラックモアズ・ナイトのデビューアルバム「シャドウ・オブ・ザ・ムーン」において、フルート奏者としてゲスト参加。そのリッチーは以前から、イアンの実績を高く評価をしており、共演となった。

音楽スタイル

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イアン・アンダーソンが楽曲制作やヴォーカリスト、またギターやフルートなどの演奏もこなし、ジェスロ・タルの中心的な役割を果たしている。特に、フルートは彼の代名詞でもあり、ジェスロ・タルの音楽世界を巧みに演出する効果もあった。そしてあの有名な狂気のフルート一本足奏法(フラミンゴ奏法)がこのバンドの演奏スタイルを特化したものにしている。

サウンド上の演出

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