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お互いライバル心を剥き出しにしたブルペン
好対照な2人のライバル関係は語り草である。ともに巨人に在籍した9年のうち8年間、交互に開幕投手を務め、エースの座を競い合った。
2人の関係を象徴するシーンがある。1979年、「地獄の伊東キャンプ」と呼ばれる秋季特別練習を行なったブルペンで、江川と西本が並んで投げることになった。西本が述懐する。
「たまたま2人が並んで、ブルペン捕手に向かって投げて。最初は別段変わらない普通の投球練習でした」
しかし100球を超えても両者はやめようとしない。伊東の空に捕手が球を受ける乾いた音が響き続ける。
途中から明らかに「普通の練習」ではなくなっていた。西本が隣をチラチラ見る。江川は淡々と投げている。お互い「向こうが終わるまでやめない」と意地を張っていたのだ。
最後はブルペン捕手が立ち上がり、「いい加減にしろ」と怒って強制終了。2人とも300球以上に達していた。
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もともと西本聖さんは、
ドラフト外から巨人に入り、
用具代などもすべてツケで、
給料袋は薄かったみたいです。
鳴り物入りで巨人に入った江川さんとは、
反対側にいる選手だったのです。
実際の西本と江川の関係は、一緒にストレッチをするなど良好だったそう。
あくまでもプロ選手としてのライバルでした。
あくまでもプロ選手としてのライバルでした。
テレビ番組 『20世紀スポーツ名勝負 ライバル伝説・・・光と影 封印された涙の理由』での対談
静岡・伊東スタジアム跡で再会し、あの当時の出来事に纏わる互いの思いを語り合う。
79年、江川氏入団に際しての西本氏の思い。
81年に起きた、沢村賞受賞を巡る両者の思い。
83年、伝説の日本シリーズvs西武戦における、互いのプライドに関して。
当時を知るファンにとって、懐かしい話がたくさん出てきたが、
対談の終わりの方で、西本氏が江川氏に今回のテーマの核心を突く質問をした。
「オレの事は、どう思ってたの?」
江川氏は躊躇うことなく、こう言った。
「真のライバルだったよ。お前がいなかったら、俺はとっくに手を抜いていた」
その言葉を聞いた途端、西本氏の目が潤む。
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競い合う西本と江川を、より詳しく特集した記事
主なタイトルや表彰
タイトル
最多勝:1回 (1989年)
最高勝率:1回 (1989年) ※当時連盟表彰なし
表彰
沢村賞:1回 (1981年)
ゴールデングラブ賞:8回 (1979年 - 1985年、1989年)
日本シリーズMVP:1回 (1981年)
日本シリーズ敢闘賞:1回 (1983年)
月間MVP:2回 (1989年7月、1989年9月)
最優秀JCB・MEP賞:1回 (1989年)
カムバック賞 (1989年)
古き良き時代の大投手・西本聖。
現在のプロ野球では、少なくなった気持ちで投げる投手でした。
また、その勝気な性格がより西本聖をレベルアップさせたのでしょうね。
そして、良き人物との出会いにも恵まれた野球人生でした。
現在のプロ野球では、少なくなった気持ちで投げる投手でした。
また、その勝気な性格がより西本聖をレベルアップさせたのでしょうね。
そして、良き人物との出会いにも恵まれた野球人生でした。