2018年8月29日 更新
セド・グロ(セドリック・グロリア)を一変させたグランツーリスモ
日産の高級車といえばシーマとフーガですが、我々ミドルエッジ世代にとっては、セドリックとグロリアの印象の方が強い、という方も多いでしょう。今回は、この2車種をより身近に感じさせたグランツーリスモのお話です。
丸型4灯ヘッドライトでよりスポーティに
1991年に、セド・グロはハードトップのみフルモデルチェンジをし、3ナンバー専用ボディーになりました。グランツーリスモのヒットで自信を付けた開発陣は、今度はブロアム系とグランツーリスモ系の明確な差別化に打って出ました。ブロアム系は従来通りの四角いヘッドライトと角張ったフロントグリルですが、グランツーリスモ系には丸型4灯のヘッドライトを与えたのです。
このインパクトは非常に強く、丸いヘッドライトが古くさくなっていた時代に、強烈なインパクトを与えました。ロールスロイスとベントレーのように、同じボディーながら、受ける印象は明らかにスポーティなものでした。
エンジンはV型6気筒3000ccのみとなり、ツインカムターボ255PSのグランツーリスモアルティマ、ツインカム200PSのグランツーリスモSV、SOHC160PSのグランツーリスモの3グレードが設定されました。サスペンションはローレルやスカイラインで高評価を得たマルチリンク式を後輪に採用し、前輪はストラット式を採用。アルティマには、後輪を操舵する電子制御四輪操舵機構HICASを搭載しました。
当時はバブル景気真っ只中ということもあり、富裕な中高年層だけでなく、無理して自動車ローンを組んでセド・グロに乗る若者も現れました。それほどまでにカッコイイ高級車だったのです。
Y34型でグランツーリスモが消滅するが……
1995年にセド・グロは再びハードトップのみフルモデルチェンジをし、Y33型となりました。Y32型のキープコンセプトで、ブロアム系とグランツーリスモ系が設定され、グランツーリスモは再び丸形4灯のヘッドライトが採用されました。
しかし、バブル景気が後退し始め、コストダウンも見受けられるようになりました。技術的にもY31型、Y32型で安定したものを踏襲したため、目新しさに欠けたのは否めません。当初はそれなりの売れ行きを見せましたが、RVブームが強くなり、当初は若年ユーザーを意識したグランツーリスモも、新しいセド・グロ像に慣れてきた中高年ユーザーが増えてきました。
1999年にY34型にモデルチェンジする際は、セド・グロの基本デザインを刷新し、ブロアム・グランツーリスモなどの使い慣れたグレード名をやめました。しかし、2001年のマイナーチェンジで、グロリアのみグランツーリスモのグレード名を復活。ユーザーに深く浸透していることがうかがえました。また、同じプリンスディーラーということで、スカイラインからの上級移行に適していたのでしょう。
しかし、グランツーリスモの復活からわずか3年、2004年10月に後継のフーガに日産の高級車というポジションを譲り、セド・グロともに廃止されてしまいました。
同じようなグレード展開をたどる永遠のライバル
セド・グロが廃止された2004年頃に、同じ試みをした車があります。永遠のライバル、トヨタクラウンです。クラウンでは、1983年に登場した7代目で「アスリート」というややスポーティなグレードを追加しますが、8代目では廃止されています。9・10代目でロイヤルツーリングを設定しましたが、これは久々の失敗作となった9代目の低価格グレードという意味合いが強かったといえます。
1999年登場の11代目でアスリートを復活させ、シリーズとして複数のエンジン・グレードを設定しました。そして2003年発売の12代目ゼロクラウンでは、ついにアスリートを前面に出してきたのです。
大胆なフロントグリルやボディーカラーで、クラウンの実質的なメイングレードとなったアスリート。
この辺の流れは、15年遅れといいながらも、セド・グロに似たところがあります。そして、先代の14代目ではついにアスリートの販売台数がロイヤルサルーンを上回りました。こうしてスポーティなイメージが定着してきたクラウンは、2018年発売の15代目でついにロイヤルサルーン・アスリートというグレード名を廃止しました。グロリアはこの後でグランツーリスモが復活しましたが、クラウンはどうなるでしょうか?
過去の展開を見ていると非常に気になるところですが、メーカーとして抱えている悩みの根幹は同じ、ということかもしれませんね。
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