【エキゾティクス】沢田研二(ジュリー)のバック・バンドは実はすごいメンバーだった!
2016年4月19日 更新

【エキゾティクス】沢田研二(ジュリー)のバック・バンドは実はすごいメンバーだった!

沢田研二さんのバックで演奏していたエキゾティクスを覚えていますか? ジュリーと同じくきらびやかな姿で演奏し、バックバンドというよりも、ジュリーがボーカルの一つのバンドのように、かっこよかった彼ら‥‥実は、すごいメンバーだった!

50,765 view

エキゾティクスとは

沢田研二&エキゾティクス

沢田研二&エキゾティクス

エキゾティクスって誰?
という方でもジュリーこと沢田研二さんは知っていらっしゃるでしょう?
そのジュリーの80年代初頭からバックで演奏していたのが、エキゾティクス(Exotics)です。

まだ、思い出せない‥‥。
という方は、ぜひともこの記事を読んで思い出してみてください。
当時もジュリーとともにかっこよかった姿はもちろん、解散後の各人の活動もここで振り返ってみたいと思います。
沢田研二のバックバンドとして「オールウェイズ」(1980 - 1981)を経て、1981年に結成。リーダー兼バンドマスターは吉田建。結成から1ヵ月余りはバンド名がなく、当時の沢田研二の新曲「渚のラブレター」に肖り、暫定的に「渚のラブレターバンド」と名乗った。沢田研二と活動を共にした後、1984年9月に解散。

エキゾティクス、沢田研二とともに

沢田研二「晴れのちBLUE BOY」ジャケット

沢田研二「晴れのちBLUE BOY」ジャケット

「ストリッパー」(この記事のサムネイル画像)やこの「晴れのちBLUE BOY」のシングル・ジャケットでも、彼らの姿をしっかり見ることができます。
ジュリーは彼らをバックバンドではなく、自身もバンドの一員とみなしていたようです。

沢田研二 ス・ト・リ・ッ・パ・ー - YouTube

懐かしのテレビ番組「トップ・テン」の模様も同時にお楽しみください。
出典 youtu.be
「渚のラブレター」の次の曲「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」も大ヒットしましたね。
この辺りから、エキゾティクスの注目度もぐいぐい上がっていきました。
公認ではないですが、非公認の「エキゾティクス・ファンクラブ」までありました。
かくいう私もしっかり会員になっておりました。

沢田研二 おまえにチェックイン 1982 - YouTube

出典 youtu.be
この曲の時だったと記憶しておりますが、確か歌番組「ザ・ベストテン」で、視聴者さんからのはがきで「エキゾティクス」をもっと知りたい、というリクエストがありました。
そしてエキゾティクス全員がそれぞれ紹介された‥‥という場面を、筆者である私は見たことがあります。
それは、私も「知りたい!」と思っていたので、ものすごく喜んだことも思い出されます。

6番目のユ・ウ・ウ・ツ 沢田研二(1982 Julie &Exotics)- YouTube

出典 youtu.be
「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」もヒットしました。
歌に合わせて「ハッ! ハッ! ハッ!」と叫んだ方もいっらしゃるでしょう。
この曲は、エキゾティクスのキーボード担当西平彰さんの作曲です。

沢田研二 背中まで45分 1983 - YouTube

出典 youtu.be
この曲は、作詞・作曲は井上陽水さん、そして編曲したのは、エキゾティクスのベーシストでありリーダー、吉田建さんです。

エキゾティクスのメンバー

では、メンバー紹介をします。
ここでメンバー紹介とともに、エキゾティクス以降(以前)の彼らの軌跡をまとめてみます。

元々、スタジオあるいはライヴ・ミュージシャンだった彼ら、エキゾティクス解散後も、それぞれの活動の方が知られているかもしれません。
「へえ、彼は元ジュリーのバックバンドだったの?」
という声も聞こえてきそうです。

吉田建(ベース)

吉田建(ベース) エキゾティクス時代

吉田建(ベース) エキゾティクス時代

1970年代に坂本龍一やりりぃ、ナイアガラ・トライアングルなどのライヴ、スタジオ・アルバム・メンバーとして参加していた実績の持ち主であり、エキゾティクスに加入時は、既にベテランでした。
58 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • コメントはまだありません

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

沢田研二(68)が東京国際フォーラムを皮切りに全国ツアーをスタート!

沢田研二(68)が東京国際フォーラムを皮切りに全国ツアーをスタート!

歌手の沢田研二(68)が26日、有楽町の東京国際フォーラムで全国ツアー(全39公演)をスタートさせた。ステージ上で跳ね、走り回り、大ヒットした「カサブランカ・ダンディ」「TOKIO」を含む23曲を歌いきった。来年の50周年や古希(70歳)にも触れた発言も聞けた。
1975年の邦楽ヒット曲 ランキング。売上枚数「年間ベスト10」はこの曲だ!

1975年の邦楽ヒット曲 ランキング。売上枚数「年間ベスト10」はこの曲だ!

有望な新人が飛び出し、大御所も素晴らしい曲をヒットさせた1975年の邦楽シーン。演歌とポップスのバランスも良く、ヒットチャートを賑わせています。さぁ、売上枚数で見る1975年の邦楽ランキング、ベスト10です。
obladioblada | 609 view
1973年の邦楽ヒット曲 ランキング。売上枚数「年間ベスト10」はこの曲だ!

1973年の邦楽ヒット曲 ランキング。売上枚数「年間ベスト10」はこの曲だ!

1973年といえば日本の音楽業界はフォークソング・ブーム真っただ中。かといってフォークソングばかりが売れていた訳ではありません。日本の音楽史上類を見ない出来事が起こった年でもあるんです。売上枚数で見る1973年のベスト10を発表します!
obladioblada | 541 view
スージー鈴木に聞いた【イントロ】の魅力!80年代ヒット曲のイントロに特徴あり!

スージー鈴木に聞いた【イントロ】の魅力!80年代ヒット曲のイントロに特徴あり!

音楽評論家のスージー鈴木さんが「日本音楽史上最強」と呼ぶ1980年代のヒット曲について語った著書『イントロの法則80's 沢田研二から大滝詠一まで』が好評発売中。発売を記念してインタビューを行いました!
誰もが同棲に憧れたという1972年。きっかけは勿論「同棲時代」。由美かおるの初ヌードは必見です!

誰もが同棲に憧れたという1972年。きっかけは勿論「同棲時代」。由美かおるの初ヌードは必見です!

1972年から73年にかけて大ブームとなった同棲。きっかけは漫画の「同棲時代」でした。輪をかけたのが梶芽衣子と沢田研二によるテレビドラマ化。更に由美かおるの初ヌードでも知られる映画化。どれもこれも美しすぎです!
obladioblada | 3,878 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト