ファミコンと共に「家庭用ゲーム機」が本格的に登場した1980年代
この時代をリアルタイムに生きた私たちは、家庭用ゲーム進化の歴史を丸ごと目撃してきた世代でもあります。
そんな1980年代を、ファミコンが生まれた1983年から1年ごとに振り返っていこうと思います。
本記事では1984年のテレビゲームについて振り返ります。
そんな1980年代を、ファミコンが生まれた1983年から1年ごとに振り返っていこうと思います。
本記事では1984年のテレビゲームについて振り返ります。
【1980年代の家庭用ゲーム機】コンピュータゲーム黄金期だった1980年代を年表形式で懐かしく振り返ってみる。 - Middle Edge(ミドルエッジ)
LSIゲーム、ゲーム&ウォッチからカセットビジョン、ファミコンを経てPCエンジン、メガドライブ、そしてゲームボーイまで。家庭用ゲーム機の幕開けであり、また黄金期でもあった1980年代を年表形式で駆け足で振り返ってきましょう。
【1983年のテレビゲーム】コンピュータゲームが大きく発展した1980年代を、ファミコンを中心に1年ごとに丁寧に振り返る。 - Middle Edge(ミドルエッジ)
1980年代に幼少期から青春時代を生きた私たちは、家庭用ゲーム期黄金世代と呼ばれる世代です。1983年のファミコン登場以降、家庭用ゲーム機が遊びの主流へと駆け上がる中で、私たちは「外遊び」「家遊び」「勉強」を巧みに使い分けながら、ファミコンを中心とした家庭用ゲーム機の進化を肌で味わってきたといえるでしょう。そんな1980年代を1年ごとに振り返る、今回は1983年について振り返ってみます。
1984年のテレビゲームを振り返ろう
ファミコンにサードパーティー(ソフト供給会社)が登場!
登場と同時に一大ブームを巻き起こし始めたファミコン。
発売当初は、当然といえばそうなのですがゲームソフトを製作して販売する会社も任天堂だけでした。
しかしながらファミコンの爆発的な普及を目にして、いよいよサードパーティー(ソフト供給会社)が誕生します。
この当時にファミコンに参入したサードパーティーから、いまや超有名な企業がいくつも誕生していきます。
まさにファミコン経済圏が生まれ始めた年、それが1984年だったと言えるかもしれません。
発売当初は、当然といえばそうなのですがゲームソフトを製作して販売する会社も任天堂だけでした。
しかしながらファミコンの爆発的な普及を目にして、いよいよサードパーティー(ソフト供給会社)が誕生します。
この当時にファミコンに参入したサードパーティーから、いまや超有名な企業がいくつも誕生していきます。
まさにファミコン経済圏が生まれ始めた年、それが1984年だったと言えるかもしれません。
1984年に参入したサードパーティーはハドソンとナムコ
当時パソコン系のゲームで定評のあったハドソンは、アメリカでヒットした「ロードランナー」を引っ提げての参入。
また当時「おもいカルチャーをオモチャーという」のCMがインパクトを与えたナムコは、もともとゲーセンで提供していた人気タイトルを次々とファミコン向けに移植。
両社とも、たちまちビッグヒットを生み出すこととなりました。
また当時「おもいカルチャーをオモチャーという」のCMがインパクトを与えたナムコは、もともとゲーセンで提供していた人気タイトルを次々とファミコン向けに移植。
両社とも、たちまちビッグヒットを生み出すこととなりました。
ロードランナーCM 1984年 - YouTube
1984年7月31日:ハドソン
via www.youtube.com
CM Namco ナムコ 1984年 Famicom (NES) - Hosono Haruomi 80's - YouTube
via www.youtube.com
1984年のミリオンヒットゲーム
前年同様、ユーザー層の裾野の広さを示す「ゴルフ」が大ヒット。他にもスポーツやレースなど定番ジャンルが上位に。
またハドソン、ナムコのサードパーティーも早々にミリオンを達成し、いよいよファミコン黄金時代が到来した一年となりました。
またハドソン、ナムコのサードパーティーも早々にミリオンを達成し、いよいよファミコン黄金時代が到来した一年となりました。
第1位 ゴルフ(任天堂) 246万本
via i.ytimg.com
第2位 エキサイトバイク(任天堂) 157万本
via pds.exblog.jp
第3位 テニス(任天堂) 156万本
via i.ytimg.com