2017年11月14日 更新

私達に多大な影響を与えたTV「バラエティ番組」あれこれ①【1950年代編】

私は前回、日本の「バラエティ番組」の特殊性・独自性について言及した記事を書いたが、実は日本がテレビ放送を開始した1953年以降より、人気の「バラエティ」と呼べる番組が何本か存在する。そのような番組を懐かしさを込めて皆様にご紹介します。

413 view

日本で一番古いバラエティ番組は何でしょう??

それは、1953年2月20日から1968年3月25日までNHKで放送されたクイズ番組『ジェスチャー』である。テレビの特性を生かし、その草創期を代表する番組である。テレビクイズ番組の草分けとして有名だ。
男女に分かれたチームから1人が出てきて、視聴者から寄せられた問題を身振り手振りだけで表現し、解答者にあてさせる。問題はイラストで視聴者に知らされた。
出題される「超難問」の例

出題される「超難問」の例

このような「超難問」を身振り手振りで当てさせるのだから、出演者もよく悶絶してました。それが笑いを誘ったり・・・

出演陣の横顔!!

白組キャプテン 柳家 金語楼

白組キャプテン 柳家 金語楼

初代柳家 金語楼(やなぎや きんごろう 1901年2月28日 - 1972年10月22日)は、喜劇俳優、落語家、落語作家・脚本家(筆名・有崎勉)、発明家、陶芸家。本名・山下敬太郎(やました けいたろう)。落語家時代の出囃子は『琉球節』。禿頭を売り物にし、エノケン・ロッパと並ぶ三大喜劇人として知られた。
赤組キャプテン 水の江 瀧子(みずのえ たきこ、1915年2月20日 - 2009年11月16日)は、日本の女優、映画プロデューサー、タレント。
1928年に東京松竹楽劇部(後の松竹少女歌劇部、松竹歌劇団)に第1期生として入団。日本の女性歌劇史上初めて男性様に断髪した男役で「男装の麗人」の異名を取り、「ターキー」の愛称と共に1930~40年代にかけて国民的人気を博した。
なお、両キャプテンは放送開始から、最終回まで15年間変わらずに続く名コンビだった。
進行・司会の小川 宏アナウンサー

進行・司会の小川 宏アナウンサー

小川 宏(おがわ ひろし、1926年4月17日 - 2016年11月29日)は、元NHKアナウンサー、日本のフリーアナウンサー・司会者。
1955年より『ジェスチャー』の4代目司会者として10年にわたって活躍。同番組における圧倒的な知名度を背景に1965年1月に退職。
NHK退職後、フジテレビと専属契約を結び、1965年5月より同局朝のワイドショー『小川宏ショー』の司会を通算17年務め、4451回という金字塔を打ち立て、「人名を冠した番組の最長寿記録」としてギネスブックから認定・掲載された。

「それは置いといて・・・」!!

私が一番思い出に残っていることは、複数のジェスチャーを組み合わせるため、もしくはジェスチャーを訂正するための「・・・は置いといて、・・・」(箱を動かすように両手を横に振る)というポーズですね。当時、この番組も公開録画だったのですが、誰かがこのポーズをすると、必ずと言って良いほど見ている観客が口を揃えて「それは置いといて・・・」と驚くほどに合いの手が入っていた記憶が蘇る。

個人芸の世界の三人が集まって、バラエティ形式のコメディを展開した『お笑い三人組』!!

『お笑い三人組』の一場面

『お笑い三人組』の一場面

左から3代目江戸屋猫八、一竜斎貞鳳、三遊亭小金馬(現:4代目三遊亭金馬)
『お笑い三人組』とは、落語家の三遊亭小金馬(現:4代目三遊亭金馬)、講談の一竜斎貞鳳、物真似の 3代目江戸屋猫八の寄席トリオが、下町を舞台に三人の持味を生かしたギャグとコントで展開する公開シチュエーション・コメディードラマだった。当時、アメリカのルーシー・ショウと形式が似ていた。
もともとこの番組に出演した三人は、私生活でも仲良しだったことから、この番組ができたとのことだ。寄席では個人芸の世界の三人が、絶妙の掛け合いでコメディを演じるところに新鮮さがあった。
また、この三人の相手役になるのが、妻や妹として出演した楠木トシエ、桜京美、音羽美子の三人だった。
3代目江戸屋猫八と楠木トシエが顔を近づけて、「八ちゃん、おたまちゃん、うー」というギャグが当時大流行だった。また、エンディングでは3人が主題歌を歌い、剽軽に踊りながら終わるのが定番であった。主題歌の歌詞は、「アハハ ウフフ 三人元気に顔出して、ニコニコニッコリ笑ったら、心はいつでも青空だ♪ どこからどこまで青空だ♪ アハハ ウフフ エヘヘの オホホで アハハのハ 僕らはお笑い三人組」というものだった。また、ドラマの途中で「あまから横丁はどこにある? それはあなたの胸の中♪」と女性キャスト3人が歌う副主題歌も人気があった。
また、忘れられないのは、毎回ゲストに歌手が登場し、劇中で物語に関係なく自分の持ち歌を唄うことであった。
楠木トシエ、桜京美、音羽美子

楠木トシエ、桜京美、音羽美子

女性陣の掛け合いもまた魅力の一つだった。

出演陣の横顔!!

4代目三遊亭金馬

4代目三遊亭金馬

4代目三遊亭 金馬(さんゆうてい きんば、1929年(昭和4年)3月19日 - )は、東京都江東区出身の落語家。一般社団法人落語協会顧問。日本演芸家連合会長。日本芸能実演家団体協議会顧問。新宿区名誉区民。本名、松本 龍典(まつもと りゅうすけ)。
2017年現在、東西併せて落語界最古参の落語家であり、現在、唯一の戦中派落語家である。ただし、年齢と真打昇進年を基準に置けば4代目桂米丸が最長老である。
 (1939197)

一龍齋 貞鳳(いちりゅうさい ていほう、1926年9月1日 - )は、日本の講談師、政治家。本名、今泉 正二(いまいずみ しょうじ)。
参議院議員(1期)、環境政務次官(三木改造内閣・福田赳夫内閣)などを歴任した。
3代目江戸屋猫八

3代目江戸屋猫八

3代目江戸家 猫八(さんだいめ えどや ねこはち、1921年10月1日 - 2001年12月10日)は、物真似師、俳優。落語芸術協会に所属していた。本名は岡田 六郎(六男だったため、六郎と名付けられる)。愛称は江戸猫。

浅草演芸場での芝居公演をそのまま放送していた「デン助劇場」!!

大宮敏充とデン助

大宮敏充とデン助

メリヤスシャツに腹巻きと背広、ハゲ頭をゆらゆらゆらさせて、大きな目玉に青い口ひげ、草履ばきを特徴とするデン助は登場するだけで観衆の笑いを誘った。
元の顔とは全然別人ですね!!
大宮 敏充(おおみや としみつ、1913年4月13日 - 1976年12月23日)は昭和時代に浅草を中心に活躍したコメディアンである。本名は、恒川 登志夫。大宮デン助はあるいは単にデン助という愛称で広く知られている人物。彼が演じるキャラクター「デン助」は戦後浅草喜劇界やテレビで一世を風靡した。
この番組は1959年から1972年まで放送されていて、確か土曜日、学校から帰って来るとお約束のように見ていた。これが関西人だと吉本新喜劇の番組なんでしょうかね?!。
ちなみにデン助は浅草国際通りの裏手に実在した経師の木村伝助さんをヒントに考案されたキャラクターだそうで、戦前の1942年から浅草で公演を始めたという。
メリヤスシャツ、腹巻き、背広、ハゲ頭をゆらゆらゆらし、ぐるっとした大きな目玉、青い口ひげをはやし、決まり文句「オレにデンとまかせておけ」と共に、大流行したような・・・。
また、番組内でプレゼントされていた首振り人形(デン助人形)が大層な人気だった。
デン助人形

デン助人形

まだオークションに出品されてますね!!

デン助

これは映画版ですかね?!
28 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • コメントはまだありません

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

20世紀交歓所20世紀しばりのフリマサイト

あなたにおすすめ

   

関連する記事こんな記事も人気です♪

世界広しと言えど「バラエティ番組」は日本にだけあるってご存知でした??

世界広しと言えど「バラエティ番組」は日本にだけあるってご存知でした??

読者の皆様は、TV番組の中で「バラエティ」と区分できる番組があるのは日本だけということをご存知だろうか?そのようなバラエティーに関する豆知識を紹介します。
「みなさんのおかげでした」と「めちゃイケ」が2018年3月で放送終了決定!!

「みなさんのおかげでした」と「めちゃイケ」が2018年3月で放送終了決定!!

フジテレビで放送されている人気バラエティ番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」と「めちゃ×2イケてるッ!」が2018年3月に終了することが決定しました。20年以上の歴史を持つ2大バラエティ番組の終了に、芸能界のみならず世間に衝撃が走っています。
隣人速報 | 5,784 view
【1950年代後半~】昔は仲間と外遊びが当り前だった頃の遊び方いろいろ②

【1950年代後半~】昔は仲間と外遊びが当り前だった頃の遊び方いろいろ②

「【1950年代後半~】昔は仲間と外遊びが当り前だった頃の遊び方いろいろ①」では、基本中の基本である「おにごっこ」から「缶蹴り」まで、主に「おにごっこ」系のものを紹介したが、「おにごっこ」系以外にもまだまだ多くの外遊びが存在していた。そんな私たち世代の外遊びをいろいろご紹介することにする!!
【1950年代~】日本のTVで見れたアメリカンな西部劇いろいろ

【1950年代~】日本のTVで見れたアメリカンな西部劇いろいろ

日本では、1953年からテレビの商業本放送が始まったが、そんなテレビ黎明期にはアメリカ製の色々なテレビ番組を吹替て放送していた。そんなアメリカ製のテレビ番組の中で人気が高かったものの中に、西部劇の部類に属するものがかなりあったと記憶している。さて、あなたは何を思い出すでしょうか?
【1950年代~】日本のTVで見れたアメリカンなコメディーいろいろ

【1950年代~】日本のTVで見れたアメリカンなコメディーいろいろ

日本のTV放送が開始されて以来、色々な番組が放送されてきたが、今なお海外で作成されたドラマなどが一定の割合で視聴されている。私も昔より海外製のTVドラマに親しんできたが、その中で今回は私の好きなジャンルの一つであるコメディーに特化して思い出を書いてみようと思う。

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト