川島郭志 裏庭ジム出身のアンタッチャブル 誰も彼に触れることはできない
2016年11月25日 更新

川島郭志 裏庭ジム出身のアンタッチャブル 誰も彼に触れることはできない

「志は、気の帥なり(孟子)」 世界王者が生まれる条件は、トレーニングの環境ではなく、スピリッツである。川島郭志はサンドバッグと腹筋台だけの(自宅の)裏庭ジムから世界チャンピオンになった。その高いディフェンス能力は「アンタッチャブル(触ることができない)」と呼ばれた。

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小学校では
毎年、予防接種の注射があった
しかし川島家の子供は1度も受けたことがない
注射をするとその日は練習ができなくなる
父はそれを嫌った

テレビは1日30分

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「テレビは1日30分」が掟だった
練習とトレーニングがあるため
それは17時30分~18時だった
だから学校でみんながテレビの話をしていても
なんのことかわからなかった
「燃えよドラゴン」など格闘技映画があると
父はトレーニング時間を短くしてみることをすすめた
しかしエロチックなシーンになると
父はスイッチを押してテレビを切った

エロも禁止

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楽しみだった学研の学習雑誌が
本屋から配達されてきたと思い
バッと封をはがすと
それは理髪店用の週刊プレイボーイだった
あわてて元に戻したが
問答無用で父に殴られた
川島郭志 は
どうせ殴られるならいっそ見ておけばよかったと後悔した

野球少年との戦い

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周囲はプロ野球を夢みる野球少年ばかりだった
ボクシング少年は川島家の兄弟だけだった
父は野球少年に敵対心を燃やし
野球少年側も異なるスポーツに打ち込む川島家にライバル意識を持っていた
ある日
野球少年が
「スパーリングやりたい」
といってきたとき
父は道場破りだとでも思ったのか
道路上でスパーリングを行い
「ヒロシ、行け!」
とけしかけた

兄:川島志伸

裏庭ジムでサンドバッグを打ち込む兄:川島志伸

裏庭ジムでサンドバッグを打ち込む兄:川島志伸

出典 お母ちゃんに捧げるチャンピオンベルト 川島郭志著
兄:川島志伸は
高校3年でプロになった後
卒業後はIBFフライ級1位になり
世界タイトルに挑戦し敗れた
その後2試合戦った後、引退した
戦績:7勝2敗
まだ20歳だった

サウスポーに

小学校5年生のころにサウスポーになる

小学校5年生のころにサウスポーになる

出典 お母ちゃんに捧げるチャンピオンベルト 川島郭志著
川島郭志は
小学4年生までオーソドックスだったが
5年生から父の指示でサウスポーに切り替えた
憧れの具志堅用高もサウスポーだったのでうれしかった
右利きのボクサーがサウスポーになると
強い右フックが打てるようになる
また左から右へスイッチができる
これが右利きのサウスポーボクサーの利点だった
「私は長男だったので
まだ周りでボクシングをしている仲間もなく
練習相手を探すのが一苦労でした
その点、弟は私というちょうどいいパートナーがいました
振り返るとこの違いは大きかったように思います
5つの年の差があるため
弟はがむしゃらになってパンチを打ってきました
痛くもかゆくもないパンチでしたが
弟は無我夢中で連打で叩き込んできます
弟は小学校の段階ですでに社会人の国体選手と打ち合っていたほどで
中学に上がったときはかなりのレベルに達していたと思います
いつも年上の人たちとスパーリングをしていたのが
強くなった理由の1つだったのではないでしょうか」
(兄:志伸)
出典 お母ちゃんに捧げるチャンピオンベルト 川島郭志著

「巧くて強い」ボクサー

川島郭志のアイドル、Sugar Ray Leonard

川島郭志のアイドル、Sugar Ray Leonard

川島郭志が中学生になると
トレーニングはますますハードになった
スパーリングも兄ではなく裏庭ジムに顔を出していた社会人ボクサーとガンガン打ち合った
兄はすでにプロボクサーだった
高校2年のとき3ヶ月間メキシコで修行して
高校3年でとしてプロデビューしていた
川島郭志は兄の技術に感動した
そして研究して少しずつテクニックを身につけていった
打たせずに打つ川島郭志のボクシングスタイルはこの頃から育まれた
川島郭志のアイドルは
シュガー・レイ・レナードだった
「巧くて強い」ボクサーが好きだった
「巧い」ということイコール「カッコいい」だった
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