日本サッカーが「世界一」に最も近付いた99年!小野ら黄金世代がワールドユースで躍進!
2016年12月4日 更新

日本サッカーが「世界一」に最も近付いた99年!小野ら黄金世代がワールドユースで躍進!

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1999年、ワールドユースで準優勝を成し遂げた日本サッカーの黄金世代

1999年にナイジェリアで開催されたFIFAワールドユース選手権。
そこで日本代表チームは大健闘し、FIFA主催の国際大会において、男女を通じて日本サッカー界初の準優勝に輝いた。

この快挙を達成したチームは、日本サッカーにおける”黄金世代”と呼ばれている。
天才・小野伸二をはじめ、稲本潤一、高原直泰、本山雅志、播戸竜二、中田浩二、遠藤保仁、加地亮、小笠原満男など、その後の日本サッカー界に多大なる貢献をするメンバーが揃っていた。
FIFAワールドユース選手権で準優勝に輝いた日本代表チーム

FIFAワールドユース選手権で準優勝に輝いた日本代表チーム

主なフォーメーション

主なフォーメーション

”黄金世代”の中でも、足元の技術やパスセンスが一際目立...

”黄金世代”の中でも、足元の技術やパスセンスが一際目立っていた小野伸二

最年少の17歳6か月でJリーグ初出場した記録(当時)を...

最年少の17歳6か月でJリーグ初出場した記録(当時)を持つ稲本潤一

また、彼らは1979年生まれが多かったことから"79年組"とも呼ばれていた。

彼らの世代の強さを印象付けたのは、1994年に開催されたU-16アジアユース選手権カタール大会で優勝を飾ったことだろう。
前年に「ドーハの悲劇」により、悲願のワールドカップ出場をまたも逃していた日本サッカー界の未来に希望を抱かせる世代として認知された。

前述したように”黄金世代”と呼ばれる彼らは、本家とも言えるジョアン・ピント、ルイス・フィーゴ、マヌエル・ルイ・コスタらを擁し、1989年度と1991年度のワールドユースを連覇したポルトガルの”黄金世代”がそうだったように、世界の舞台で躍動し、結果を残した。
本家”黄金世代”、ポルトガルの至宝ルイス・フィーゴ

本家”黄金世代”、ポルトガルの至宝ルイス・フィーゴ

ポルトガル代表の10番、マヌエル・ルイ・コスタ

ポルトガル代表の10番、マヌエル・ルイ・コスタ

すべては「U-16アジアユース選手権カタール大会」から始まった

1993年12月、滋賀県立守山高等学校サッカー部監督(当時)の松田保がU-15日本代表の監督に就任した。
当初、松田は1978年生まれの選手達を中心に当初は結成しようとしたが、メンバー編成には8月1日以降生まれという制限があった為に、1979年生まれ以降の選手達までに選択肢を広めざるを得なかった。

そこで、チームを高原直泰や小野伸二、稲本潤一らを中心にU-15日本代表を編成し、1年後の1994年にU-17日本代表として、U-16アジアユース選手権カタール大会に出場した。
元サッカー日本ユース代表監督(U-15・16・17)の...

元サッカー日本ユース代表監督(U-15・16・17)の松田保氏

同大会のグループリーグでは強豪UAE代表とイラク代表に敗戦するも、韓国代表とバーレーン代表の両チームに3-0で勝利。
準決勝ではオマーン代表にVゴールで勝利して決勝に進出し、決勝でカタール代表を1-0とまたもVゴールで下し、同大会での初優勝と自力での世界選手権出場という2重の快挙を成し遂げた。

1995年の「FIFA U-17世界選手権エクアドル大会」では、小野伸二・稲本潤一・高原直泰らが出場し、アメリカに勝利、エクアドルと引き分けて勝ち点4を獲得するも、得失点差1に泣き、決勝トーナメントに進めなかった。それでも世界の舞台である程度の収穫を得た。
しかし、4年後に清雲栄純を代表監督に迎えて出場したU-19アジアユース選手権タイ大会では、グループリーグこそは3戦無失点という好成績で決勝トーナメントに進んだものの、決勝では韓国代表(1-2)に敗北するという苦汁をなめた。

小野伸二 '97 SBSカップ国際ユースサッカー大会 U18-日本代表 vs ユベントスユース、静岡県高校選抜

A代表監督のトルシエがユース代表も兼任し、ワールドユース・ナイジェリア大会に臨んだ!

1999年にA代表監督と兼任する形でフィリップ・トルシエがユース代表監督となり、ワールドユース・ナイジェリア大会に臨むこととなった。

4月5日のグループリーグ第1戦では、高原が先制点を挙げるも1-2でカメルーン代表に逆転負けを喫し、大事な初戦を落としてしまう。
しかし、続く第2戦のアメリカ代表戦で3-1で勝利すると、第3戦のイングランド代表戦でも小野のゴールなどで2-0と完封で勝利し、決勝トーナメントへと進むことになった。
トルシエと小野伸二

トルシエと小野伸二

決勝トーナメントでは、本家"黄金世代"を生んだポルトガル代表と対戦。
遠藤のゴールで先制するが、後半に追いつかれ、1-1のまま試合はPK戦へ。辛くも5-4のスコアで準々決勝へと駒を進めた。

準々決勝のメキシコ代表との試合は日本のパスワークの良さが出て、本山と小野のヘディングシュートで2ゴールを挙げ、2-0の完封勝利。

日本vsメキシコ 1999ワールドユース 準々決勝

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